まだ独身だったころ、40歳を過ぎたころから、ふと子供がほしくなってきたひらめき電球

だったら自分の子宮が機能しているうちに急がねばビックリマーク

周りの友達には既に子供がいたり、姉の子供と遊んだり、すくすく育つ子供たちの成長を見守っていた。

独身でフラフラしているのにも飽きたのか、遊びに出かけてもつまらないと思うようになり、

ご飯も人のために作らないとつまらないし、寂しく思うようになっていた。

ちょっと遅いかしら…?と思いながらも、子どもと一緒に生活していきたいと思うようになっていた。


結婚しなくても子供がいたらいいな~ラブラブ

自分にできるかわらないけど家庭もあったほうが良いので、結婚相談所でもいってみようかとも考えてしまっていた。

出会いが無いわけではないけど、私がダメンズ好きなのか、生活を共できそうもない人ばかりだった。


そんなある日、声をかけてきたのが今の旦那である。

顔も性格も全くタイプではないけれど、話しをしてみると意見が一致していた。

結婚を前提にお付き合いし、めでたく結婚したのである。


そんなわけで、子どもができる事を望んでいた二人でしたが、すぐには恵まれなかった。

のんびりしても居られない年だったので、

異常がないか調べてもらおうよーってことで 2009年初冬、産科に訪れたのでした。シラー


2010年5月、退院後、病理結果がでました。
非浸潤と思っていたのが、結果は浸潤癌でした。

浸潤性乳管癌
乳腺浸潤あり g+
脂肪組織浸潤なし f-
皮膚浸潤なし s-、
リンパ管侵襲なし ly 0
血管侵襲なし v 0
pT1: 0.5センチ

ほとんどが非浸潤性ですが、切片に0.5cmの浸潤を認め、浸潤性乳管癌と判断。
脈管侵襲は認めず。
断端陰性。
広範囲にわたって、低乳頭状~橋渡し状~充実性~面疱状構造を示し増生。石灰化。

核異型 Nuclear atypia : Score 2
核分裂像の数 mitotic figures : 3
核グレード Nuclear grade : 3
エストロゲン 7 陽性
プロゲストロゲン 6 陽性
HER2: スコア1 弱陽性

腫瘍は全て取りきれたと言われた。
グレードが3であまり良くないそうで、顔つきも悪く活発。

先生は、補助療法として、ホルモン剤の服用と、抗がん剤もした方が良いと勧めてきました。
私が妊娠を望んでいたことも理解していてくれて、私に判断を任せてくれたので、不妊治療を優先することにしました。

全部取りきれていたし、転移もなさそうなので、すぐにどうのこうの対策を打たなければならない状況ではないと思ったので、補助療法が再発予防であるなら、受けなくてもいいじゃないかと思いました。

どちらからともなく、半年という猶予が出て、半年頑張ってダメだったら、補助療法を始めるという約束になりました。
産科には情報を連携してくれることになり、いつでも受信に来てくださいと激励してくれました。
本当に良い先生に恵まれたと思いました。



先生から手術についての説明を受けていた。

「皮下乳腺全摘出術」。

脇の下から切開して、乳腺だけを取りましょうという手術だそうな。

再建をする前提で、エキスパンダーというバッグを入れて縫合する。

腋下リンパ生検も同時に行い、病理組織も見ながら進めるという。


手術など生まれて初めて受けるし、入院自体初めてである。

心配そうな旦那の顔を見ながら、「行ってきます~。」と手を振って、歩いて手術室に入って行った。


麻酔の効き目に驚いた。

「麻酔入りまぁーす。1から10まで数えてねー。」と看護師さん。

元気だったはずが、すと~んと眠りに入ってしまう。

6か7ぐらいまでしか言えなかった気がする。


・・・・4時間後、手術が終わったようだ。

予定より長かったのかな?

「Peachさん、わかりますか?終わりましたよー。Peachさーん。」

と起こされて意識が戻る。

「大丈夫ですか?気持ち悪くないですか?」と看護師さん、続けて呼びかけてくる。

朦朧とする意識の中で、え?気持ち悪いか?・・・そういわれれば気持ち悪い気がする・・・だんだん気持ちが悪くなってきた。

私 「…寒いです。・・・気持ち悪いです・・・」
看護師さんが何か器を顔の横にさっと充てると同時に「おえっ」

心配そうに取り囲んでくる家族に笑いかけて、また眠りに落ちていった。

無事に手術が終わった。


ドレーンがつながっていて不自由だったが、入院生活は快適だった。

旦那に、DVD「『HEROES』『デス妻』を借りてきてもらって見てたりした。

先生も時々顔を見に来てくれた。

困ったのは、大学病院だったため、若いインターン生か?研修生か?多くて、大勢でエキスパンダーの入った胸を見に来るのだ。

あれは患者の許可を取るべきだと思う。


6人部屋で同室の御婆ちゃん方は毎日おしゃべりが尽きない。

ある日、がんについて、あーだこうーだ話しをしていた。

「乳がんもあれもダメよ。友達で助かった人なんか誰もいないんだから~。」なんて大きな声で話している。

私が何の病気だか教えていないし、ちょろちょろ元気に動きまわっているから大した病気でないと思っていたのだろう。

私は少しいやな気持になって、あの人とは絶対にしゃべらない!と決めた。

…でも退院するころには、すっかり話し相手になっていて、最後に手紙を頂戴と住所まで渡された・・・


入院生活中の人間関係って面白い。