横綱白鵬が敗れました、
63連勝で連勝記録がストップです。
63連勝という記録自体が既にすごい記録ですが、
白鵬が尊敬する双葉山の69連勝に届きませんでした。
今をさかのぼること71年前、
昭和14年大相撲春場所4日目、
東京・国技館での双葉山対安芸ノ海の一戦は、
日本中をあっと言わせました。
誰もが勝つと信じていた双葉山が、
安芸ノ海に敗れたのです。
当時、日本は中国と戦争中で、
南京陥落の直後でしたが、
この事件はそれ以上のニュースとして、
日本中に知れ渡ったのです。
それまで常勝の双葉山は69連勝、
誰もが70連勝を信じてやまなかったのです。
敗れた直後、
双葉山が心の師と仰ぐ
哲学者の安岡正篤に送った電報が、
「吾未木鶏為得」
(我、未だ木鶏(もっけい)足り得ず)でした。
今夜のニュースでも
ニュースキャスターやアナウンサーがしきりに
この故事を引用し、「未だ木鶏足り得ず」と、
双葉山を引き合いに出しては、
敗因を解説していました。
木鶏とは、中国古典「荘子」に出てくるお話です。
昔、氾?子(はんしょうし)という闘鶏飼いの名人がいました。
ある時、氾は主君から一羽の鶏の訓練を命じられました。
訓練を始めて10日後に、
主君が「どうだ?」と尋ねますと、
「空威張りばかりしてダメです。」
さらに10日経って、主君が催促しますと、
「まだ、敵の声、姿に興奮します。」
さらにもう10日が過ぎると、
「強くなりましたが、相手を見下すところが気になります。」
そしてさらに次の10日後に、
氾はやっと鶏を主君に献上しました。
「やっと木彫りの鶏のように、無心な鶏に鍛えました。
いかなる強敵にも水鏡聡明、徳が充実しました。」
双葉山は土俵に上がるとき、
いつも平常心で勝負することを心がけていました。
70連勝成らなかった時、
双葉山ですら、
なお己が未熟さを悟ったというわけです。
職場において、
こうした”木鶏”に近づく心構えが大切です。
いかなる強敵といえども恐れず、
格下の弱い敵にでも気を緩めないことです。
この平常心の心構えこそが、
難題を乗り切るための最も大切な基本のひとつでしょう。


