加賀百万石の前田家は
江戸時代を通じて最も大きい大名でした。
この前田家に利常という三代目の殿様がいます。
加賀藩祖、初代前田利家の四男。
二代藩主、兄の利長の隠居により
利常が前田家の家督を継ぎました。
名君の誉れ高い利常公は、
治世の間、徳川将軍家の強い警戒に晒されながらも、
それを巧みにかわして、
加賀120万石の所領を保ったのです。
内政において優れた治績をあげ、
「政治は、一に加賀、二に土佐」と讃えられるほどの
磐石の態勢を築きました。
幕府からの警戒を避けるために、
故意に鼻毛を伸ばして、
愚君を装ったとのエピソードもあります。
さて、この利常公が参勤交代で
江戸に向かう途中にあった話です。
途中のある宿場で名物のワラビもちを食べました。
これがすごく美味しくて大層気に入りました。
「誰がこのもちを作ったのか?」と、
宿のものに問いただしたところ、
「へい、この者にございます」と、
恐る恐る連れて来られたのは、
この宿場に住む70歳を超えた一人の老婆でした。
利常公は、この老婆がことのほか
味の良いもち作りをするのを褒めた上で、
一行の列の中に加えて
道中見物をさせてやることにしました。
長持ちの上に赤い毛せんを敷き、
そこへ老女を乗せて、同行させたのです。
さあ、それはもう目立つことこの上ありません。
参勤交代の大名行列の中に、
赤い毛せんに座った老女がいれば、
よく目立ちますし、
道中はその噂話でもちきりとなりました。
一行が江戸の目前まで来たところで、
利常公は、老女をそこで降ろし、
褒美に銀20枚を与え、
さらに帰りの駕籠をしつらえて帰らせたのです。
老女は帰り道、その先々で、泊まった宿場ごとに、
利常公から褒められて、
一緒に道中見物させていただいた事を、
いちいち詳しく話して回りました。
これを聞いた街道筋の
茶店、旅籠、物売りの人達は、
「前田様に認められれば
あんなもてなしが受けられる・・・」と思い、
よく仕事に精出し励んだため、
街道筋の宿場町は大層栄えたということです。
勿論、前田家の人気も高まり、
名君と呼ばれるエピソードの一つとなったのです。
一人の人に情をかける、親切にする、
親身になってお世話をする・・・・
そうすると、その人の友人・知人、その周囲の人達に
同じ事をしたのと同じだけの効果があります。
逆に、一人の人に、不愉快な思いをさせて、
反感を買うようなことをすれば、
たちまち良くない悪い評判が広まります。
決して打算や計算ではなく、
相手のことを思いやる親身になった応対が、
心底からの優しさが、
あなたを、あなたの仕事を、あなたの会社を、
誰よりも高く評価してくれる
生きた宣伝塔になって
その評判を広げてくれることになるのです。
”人の口に戸は立てられない”と言いますが、
お客様相手の仕事をしているわれわれは
良くも悪くも、
自分一人だけの評判では済まないことを、
心すべきだと思います。