先日、実家に帰省ついでに足を伸ばして行田市にある「さきたま古墳群」(さきたま風土記の丘)を訪れた。
試験終了後の日記にも書いたように、今年は身近なところからもっと考古学の現場やモノに触れる...ということを心がけている。
その一環として、生まれ育った埼玉県の最も有名な古代遺跡であり、かつ授業でも何度となく取り上げられた重要な遺跡ということでここを選んだのです。

つい先日引退したもののカメラが仕事かつ唯一の趣味である父を誘って車を出してもらうが、珍しく母も行くと言い出し思いがけなく「親子3人古墳巡りの旅」wとなった。

私の実家周辺はまるっきり工業地域なので遺跡のようなものはいっさい見当たらないが、県名発祥の地にもなっているこのあたり埼玉(さきたま)地域はちょっと行けばずっと田んぼが続くいかにも関東平野で、その中でもぽつんと木が生い茂っている箇所が古墳時代の遺跡の目印ともなっている。

到着後、まずはさきたま資料館にてお勉強。
なんせ私はともかく父と母はここで何が出土したのかすら知らないのだから。
資料館は改装中だったけれどあまりにも有名な国宝「金錯銘鉄剣」をはじめとした考古資料は見る事が出来た。
これです!

古墳群の中の稲荷山古墳(5c後半)から出土し、その後刀身から115文字の金象嵌が見つかったのです。
[辛亥の年(471年)にオオヒコを祖先に持つヲワケの臣が刻んだものであり、代々祖先は大王家の杖刀人首(ジョウトウジンノオビト=親衛隊長)として大王に仕えて今に至っている。ワカタケル大王(雄略天皇)がシキの宮にある時、私は大王が天下を治めるのを助けて来た。そこで、このよく鍛え上げた刀を作らせ、私が大王に仕えて来た由来を記しておく。]
という内容が書かれていて、この記録は神話の人物と思われていたワカタケル大王(雄略天皇)の実在を証明したばかりでなく、5世紀当時の謎を解くきっかけともなり、発掘当時は「世紀の大発見☆」と言われました。

その他、「画文帯環状乳神獣鏡」「桂甲」(うちかけよろい)、「杏葉」「雲珠」「蛇行状鉄器」などの馬具、帯金具など様々な出土品が展示されていて、もちろん私の好きな埴輪ちゃんもたっくさん!
いやがおうにもテンションはあがって来ました♪

国道で敷地が二分されているものの、この「さきたま風土記の丘」には全部で九つの古墳が確認されている。
10月に行った千葉「房総風土記の丘」(10/ 日記参照)に比べると敷地面積と古墳の数においては全く比較にならないほどこじんまりとしているが、何と言ってもこちらはその大きさにおいて別格な感じ。
千葉には岩屋古墳と浅間山古墳を含む数個を除けば直径数m程度の墓?と思われるものばかりだったけれど、こちらは9つの首長レベルの人物の埋葬施設がこの地域に集約して作られたといった感じなのだ。

その中でも中心的な奥の山古墳・鉄砲山古墳・二子山古墳・将軍山古墳・稲荷山古墳・丸墓山古墳をゆっくりと見て回った。
順に紹介しまーす。


<奥の山古墳>6C中
全長66.5m  前方後円墳 
後円部西側に出島状の造り出し有り。
堀は他の古墳と異なり一重で釣り鐘型。


<鉄砲山古墳>6c後
全長112m 前方後円墳
西側くびれ部に造り出し有り。
円筒埴輪の他、土師器や須恵器の破片が出土。
江戸時代に忍藩が砲状練習場として利用したことから名付けられた。


<二子山古墳>6c前
全長135m   県下最大の前方後円墳
墳丘くびれ部西側にある中堤は二重に巡らされた堀のうち、外堀に向かって出島状に張り出し、更に細い陸橋で外部とつながっている。
1mを越える大型の円筒埴輪をはじめ埴輪や須恵器の多数の出土を見た。


<将軍山古墳>6c後
全長90m 前方後円墳 
ここには将軍山古墳展示館が付設されていて、横穴式石室が復元されている。

ただ出土品を並べるだけよりも、こうして復元すると非常にイメージし易い。
この蛇行状鉄器は高句麗古墳の壁画にも描かれていることから、ここに葬られた首長は朝鮮半島との関わりが深い人物であったと推測されている。

杏葉 (ぎょうよう)
朝鮮半島からの渡来文化の香りが漂いますw

さぁ!次はいよいよ...

(丸墓山古墳頂上から撮影)
<稲荷山古墳>古墳群の中で最も古い5c後
全長120m 前方後円墳

前方部からの眺め

まるでピラミッドのようですねー

後円部の墳頂部には礫郭があり、

ここからかの「金錯銘鉄剣」が発掘されました。


<丸墓山古墳>6c前
直径102m 高さ18.9m  我が国最大の円墳

頂上には桜の木が生え、360度遠くまで見渡せる展望はなんとも素晴らしい。
ここが古墳であるということなど忘れ、いつまでも眺めていたいお気に入りの場所となりました。
気難し屋の母もここはとってもお気に召したようで、また桜の咲く頃に来たいと言っていました。

何とも数が多いのでざっと代表的な古墳のみ紹介しましたが、この周辺には小さなものまで含めるとまだまだ数多くの古墳があります。
現在、この古墳群を県内初の世界遺産に登録しようという動きがあるとのこと(1/19付読売新聞)。
なんとも複雑な気分です。
今回私がここを訪れて一番感じたのは、いい意味でその歴史的価値とは裏腹になんともおおらかなムード周辺地域との共生です。

さきたま資料館の入館料は学割で¥30でした!
安スギ!
国宝とかあるんだし¥100くらいとったって誰も文句言わないよ(笑)
だだっぴろい敷地は、道や隣接する住宅街との境界線や塀のようなものも設けられていないので、普通に周辺住民が犬を散歩させたり家族連れがフリスビーやったりしてます。
でもゴミや犬のフンなんて落ちてないし、登っちゃいけない古墳に登ったりする人もいないみたい。
特に強く規制することもなく周辺と共生している今の状況は、世界遺産に登録されればおそらく保護管理を理由に一変してしまうことだろう。

なぜこの地域にこれほどたくさんの首長クラスの古墳が作られたのか?
さきたま古墳群の歴史的価値に触れれば触れるほど「ぜひ世界遺産に!」と私も思うけど、一方でのんびりとした空気感の中で古代に思いを馳せることが出来る今の雰囲気を失わずにいて欲しいと心から願うのだった。


<八幡山古墳の石室へ潜入!>へ続く・・・