先日の「初夢ほどき」で
神社へ行く夢を見た方が
おられましたので
またあらためて
神社の夢、鳥居が出てくる夢
について書きますね。
~2010.9.30(46歳の誕生日)に見た夢~
私は、神社の境内にいる。
社殿の前で、
ボール紙で作った
白いプロテクターを
身体に当ててみている。
(服は普通に着ている)
このプロテクターは、
神職が身につけるもの
と思っている。
これをつけていれば
社殿に入っても、
自分の穢れで穢さない、
と思っている。
しかし、なんとなく
つけづらく
身体にフィットしなくて
首をかしげている。
その様子を、
社殿の中から見ていた
神職の女性二人が
ニコニコして
「中に入りたいなら、
そのまま何もつけずに
入ってらっしゃい」
と手招きしてくれる。
女性たちは、親しみやすい
楽しく明るい感じの人たち。
この夢を見たのは
奇跡のコースを学び始めてから
2年半ほど経ったころです。
日本人にとってなじみある
「神社」の夢では
鳥居の内側に入っていたなら
その人は
自らの運命や
人間関係と向かい合い
神と一つになって
はたらきをする
決意をした人です。
そしてこの夢は
「肉体を護らなくても
たとえ穢れがあると
思っていても
何かで清めなくても
そのままで大丈夫」
と言っています。
親しみやすい女性たちの
楽しげな様子に
ほっとします。
以前
この夢のことを思い出したとき
えりぃさんがされている
「神の祭壇で叫ぶ」
というワークを
私も真似してみました。
とてもしっくりきました。
えりぃさんの
神の祭壇で叫ぶ、の記事リスト
イメージの内なる神の祭壇で
思っていることを
罵詈雑言であっても
包み隠さず正直な言葉で
心の中で叫ぶと
いままでにない
後が空しくならない
爽快感、満足感を感じました。
私は、なんとなく
神聖な神の祭壇には
清く素敵なものしか
捧げてはならないし
「ある程度の
心の障害物がなくならないと
神の仕事などできない」
と思いこんでいました。
ある一面では
そうかもしれないけれども
10年以上前に見た
この夢を思い出し
自分の穢れと
思っているものを
そのまま差し出して
神の祭壇に捧げる。
そして安寧を受けとる。
そのために祭壇がある。
私は、特別な聖地ではなく
日々の暮らしの中で
それをすることが
私の喜びなのだなぁ
と思いました。
そして
2023年1月の今
この夢を思い出すと
「自分は
罪穢れにまみれている」
と思っている私が
神の前で(神社で)
今、生きていて
そのままで
存在を許されているのだなぁ
そこに救いを感じます。
「鳥居の内側に入っている人は
神と一つになって
はたらきをする決意をした人」
と書きましたが
自分と誰か異性が
(またはパートナー対象の性別の人が)
鳥居の中に入ったら
さらに他の意味もあります。
神社の鳥居の夢には
バリエーションがあって
私も様々な鳥居の夢の話を
伺いました。
もし、あなたが神社や
鳥居関係の夢を見たときには
(お寺や教会も)
ぜひ、夢ほどきのセッションで
その夢をお聞かせ下さい。
美和子