ランジェリーの主役でもあるレース。1本の糸が寄り添い、結び合い、撚ったり、かがったりしながら美しいレースとなる。繊細だからこそ放つ贅沢なまでの清らかさ。まるで雪の結晶のような神秘性を感じずにはいられません。

 


 

レースという言葉は英語のLACEからきたものですが、その語源にはさまざまな説があがっています。編んだ形が歯に見えるので「歯」に由来した言葉であるとか、「蜘蛛の巣」に由来した言葉からきたとか......。
特に有力だと考えられているのが、ラテン語のラク(Laqueue)もしくは古代仏語のラシ(Lassis)です。意味は「わな」で、要はレースが漁猟に使う網に形が似ていたので、この言葉が転じて「レース」と呼ばれるようになったと言われています。網が語源だと思うといささか色気がなくなってしまいますが、「わな」が語源だと言われると納得!確かに、レースには罠のように引き込まれる魅力がありますから。

 

レースの歴史は?といえば紀元前までさかのぼります。しかし、優美なレースの布石を打った人は?と言えば中世ヨーロッパにて活躍した二人の女性が浮かぶでしょう。カトリーヌ・ド・メディシス、そしてポンパドゥールです。私達が今、レースの美しさに酔いしれ、おしゃれを楽しむことが出来るのも彼女達のおかげなのです。
カトリーヌ・ド・メディシスはイタリアの大富豪メディチ家に生まれ、イタリア名はカテリーナ・デ・メディチです。16世紀、アンリ2世の王妃としてイタリアからフランスに嫁ぎました。大金持ちであったメディチ家は花嫁道具としてカトリーヌにたくさんのものを持たせました。フォークやアイスクリーム、マカロンに似たお菓子はじめ、さまざまな文化がイタリアからフランスへと流れるきっかけとなったのです。

 


その中のひとつがレースです。イタリアでは古くから手仕事で美しいレースを編み上げ、その技術は大変素晴らしいものでした。イタリアはレースのトップ、最高峰であると認められていたのです。しかし、カトリーヌがイタリアから持ち込んだレースの技術は、その後、フランス独自のスタイルで進化していくこととなるのです。時を経て、ルイ14世の時代になると「フランスをレース業界の一番にする」という動きが高まり、イタリアに負けないものを作るよう心掛けていました。
そんなレースは当然、高価で、身分の高い男性が優先的に持つという時代となりました。

 

 

男性がつけるのですから、どちらかと言えばダイナミックなレースが主流だったのです。18世紀半ば、それを解禁し、繊細で細かな編み目のレースを生み出したのがフランス国王ルイ15世の正式な愛人となったポンパドゥール夫人です。堂々と愛人と認められるぐらいですから、並外れた美しさは言うまでもありません。しかし、ポンパドゥールは美貌だけではなく才覚も優れていました。

ブルジョワ階級の娘として教育が行き届いていた彼女は、知識と自信を巧みに使い、自分の思いをぐいぐいと叶えていきました。ファッションに関しても、次々と斬新なアイディアを打ち出しました。現在でも「ポンパ」と呼ばれる前髪を盛り上げるヘアスタイルは、ポンパドゥールのヘアアップスタイルが由縁です。現在でも通用するおしゃれのテイスト!彼女は正にファッションリーダーのような存在でした。

 


レースに関しても男性がメインだということに不満を抱き、女性的なレースを増やすように命じました。納得のいく美しいレースが完成するためには湯水のようにお金を使い、その結果、優雅で華やかなロココ様式に見合う贅沢なまで手のこんだレースが発展していったのです。
二人の女性の活躍により発展したレース。優美な魅力は時が流れても女性達の心に響き、現在でも織物の王位を譲らずにいます。美しいレースが施されたランジェリーはつけた人の魅力を更に引き立たせてくれますし、時には男性に罠を?レースの魔力は男性をも虜にする罠に、なるとかならないとか...(笑)
 

下着美容研究家 湯浅 美和子

日本ボディファッション協会認定インティメイトアドバイザー