12月12日、映画「母と暮せば」が公開されました!

皆さん、ご覧になりましたか?

初日から大ヒットで観た方々の満足度も評判となっていますよね


私は僭越ながらキャンペーンのMCでお世話になっているこの作品


この夏は「母と暮せば」にゆかりのある場所を訪ねる旅に出ました


ロケ地めぐりの旅 vol.1

ロケ地めぐりの旅 vol.2



この映画は1945年の原爆投下から三年後の長崎が舞台です

原爆で一瞬のうちのこの世から消えてしまった医学生の浩二が

亡霊となって母の前に現れ、二人の対話を中心に物語は進んでいきます



この映画は当時の様子がわかるように細部に至るまでこだわっています


長崎の路面電車のシーンもそうでした



長崎医科大学に通う浩二が駆け込む路面電車は

学生達ですし詰め状態です

当時は今と違って、いかに子供たちが多かったかがわかります


映画の中の通学シーンの浩二はさわやかで元気です

戦争中とはいえ、まさかこの数時間後に

原爆によって自分の命が絶たれるなどと思ってもいません


満員の電車の中の学生達みんながそうだったのだと思います


そう思うと、本当に無念です


山田洋次監督が浩二を長崎医科大学の学生という設定にしたのも

原爆が落ちた場所から近かったのも理由のひとつだったと。


撮影前に監督とキャストの方々で長崎の街を歩いて

特に、戦争を知らない世代の浩二役の二宮和也さんは

その距離を実際に感じて、強く想像をめぐらせたと語っていました




実際に撮影が行われたのは浦上車庫前です




その名の通り、車庫の前にあるホーム!



この近くには、徒歩でいける距離に、映画の中で

浩二が恋人の町子と結婚式をあげたいと夢見ていた浦上天主堂があります



爆心地から500メートルしか離れていない浦上天主堂の前には

被爆した首のないマリア像が展示されています

教会の奥の部屋にも被爆マリア像が当時のまま残されています

原爆投下の中、奇跡的に残ったマリア像

無言ですが、その姿から想像を絶する惨さを訴えてきます



長崎原爆資料館や平和公園にも歩いていける距離です


平和公園には防空壕がそのままの状態で保存されています

こんなに狭く、暗いところでどんなに恐ろしかったか


主演の吉永小百合さんは長きに渡り

原爆詩の朗読会を国内外でなさっています


朗読作品の中に地下壕の中で赤ちゃんが産まれる瞬間を綴った

「生ましめんかな」という詩があるのですが

「母と暮せば」で吉永さん演じる母 伸子が助産婦ということもあり

防空壕の前でその詩を思い出しました




70年前、被爆の中、唯一残った浦上天主堂の柱が置かれています

原爆によって浦上天主堂はこの一本柱以外が粉々に吹き飛びました



映画の中で浩二が母親にたくさんの夢を語るシーンがあります

医者、映画監督、小説家・・・


そんな夢を、未来を、断ち切られて・・・





友人が「この映画は戦争映画なの?」と質問してきました

確かに、長崎の原爆投下を描いていてはいるのですが

凄惨な原爆投下シーンはいっさいないんです


親子の対話や、残された人びとの対話は

ほのぼのと笑えるシーンも数多くあり

そういう日常の尊さが独特のあたたかな世界を描いています


映画を観た方は体感したと思うのですが

泣くシーンだけではなく、笑うシーンもあって、

その日常の尊さが奪われたと想像することによって

せつなく、くやしく・・・



先日、山田洋次監督がゲスト出演なさった

イベントの司会をさせていただいた時に

僕は明るい要素のある喜劇を作りたかったと語っていらっしゃいました


その明るさがあるからこそ、それが奪われてしまったからこそ

映画を観た私たちは戦争というものがもたらした悲劇を想像する・・・


山田洋次監督は本当に偉大ですよね