時事ネタと言うか、世間のお話であるけれど、、

近頃、ブラット・ピットとアンジェリーナ・ジョリーの娘が
男の子として扱われることが公表されて
記事でも、その子の事を”She”ではなく、"He" と記されるようになった。

小さな女の子であっても、”女の子”の服などを強要しなかったり
子供のなりたい方向を真剣に、そして自然に受け入れられる精神に尊敬。
(ハリウッドの世界だし、そういう複雑な色んなことにも免疫がついての事
なんだとは思うけれど。)

ティファニーでも同性愛者向けの結婚指輪の広告が発表されていたりして
アメリカの少数派に対する注目と、真剣な向き合いが半端でない。

日本でも性同一性については金八先生で話題になったなぁと
ふと思い出したりして。(上戸彩さんが演じていた!)
それから日本での性同一性の人たちは生きやすくなったのだろうか。

世間で浮くことになると、急にみんな他の人と手を繋いで
相手に向けて非難や説得をしようとしたり、あるいはなんらかの方法でその人の方向を決めようとする。
そんな印象が強かったりする。
”自分らしさ”を保つことさえ時折ネガティブに捉えられたりして・・・
(自分勝手とか、マイペースとか、あるいは無責任と呼ばれる)

でもこれって、アメリカでも同じだよなぁ。

個人を受け入れることにはあまり慣れていなくて、
むしろ世間が理解できる風に修正してもらえないと理解してもらえない。
みたいな・・・。
あるいは自分自身までもが自分を無理に操作しようとしていたり。

自分が自分を理解していること、を前提にするアメリカと
他人に理解を求めることを前提にする日本の
個人形成の違いがよく見える。

このふたつをうまく融合できたらいいんだけどなぁ。







Happy New Year!!

って2015年になってしまった!

今年もきっと早く過ぎ去ってしまうだろう
忙しい一年になりそうだ。

美術史の単位を取り終えたから、今学期からは
授業を受けずに制作と個別指導のみ!!!

ということは、クラスで人と喋る機会がなくなる!!?
これは危機かもしれない。

秋から授業を教える予定まで立ったからには
英語が頭からそのままもっと自然に出てこれるくらい
喋りに慣れなくちゃいけないなー・・・

人と喋ること!
そして
作品をもっと増やすこと!


今年の上半期の目標ってことで。


しばらくブログを怠ってしまったから
何を書いていたのかさえちょっと忘れぎみ。

とりあえず
いろいろあった一年だった と振り返る
のもありきたりかしら。


去年の秋に初めて展示をさせてもらってから
あれこれ挑戦し続けてきたけれど
いったい自分がどの方向に行きたいのか
なかなか見えてこないのはなんでかなぁ。

未だに日本人がどうだとか、アメリカの社会がどうだとか
比べて認識して、どこに向かっているんだろうか。

自分が表したいものとは裏腹に
作品はどんどん抽象性を帯びてきて
自分でも何作ってるのかなって疑問ばかりでてくるの

へんてこな生き物たちがどんどん生まれてくるばっかりで
その子たちが何を訴えているんだか
やっぱり展示して人に見てもらえないと
メッセージが見えてこない。

リズムとかトーンとか、まるで音楽みたいに
形や色を楽しむことが一番心地よくて
理性を問わないアートが楽しい。

でもそれって、ただギャラリーで展示されることが
一番の方法なのか?
売られる事を目的としていないとしたら
どんな役割を果たしていけるのかな?

公園とか、インテリアとか、
そういった方向へ持っていけたらまた
可能性も広がっていくような気がしているんだけど。


そんな年の瀬。