“赦し”を実践すればするほど
“赦し”って
まさに、“自己概念”の解体なのだな…
と思う。
自分の中で
「~は~だ」みたいな
信念を強固に持っていて
そこから投影された世界を
見て
攻撃しているわけだが
“赦し”をすると
それが見事にひっくり返されていく。
「~は~だ」という信念が
「…」
それこそが間違いだった…
そう気づいていくわけだけど、
その度に
“私”というものを作り上げていた
“概念”が
バラバラに解体され
消え去っていくのを
感じる。
それは、
体験でどんどん腑に落ちていったのだけど、
昨日
“赦し”をやったあとに
ふと開いたページが
まさにそのことだった。
以下、すべて、奇跡講座テキスト 「第31章 最後の心眼 Ⅴ 自己概念対自己」より
抜粋しています📝
「この世界の学びは、世界の現実に適するように調整された自己の概念の上に構築されている。」
「自己の概念は、あなたによって作り出される。
それはあなた自身とは少しも似ていない。
それは、神の子としてあなたの実相に取って代わるべく作り出された偶像である。」
「概念とは、その概念を作り出した者が自分なりの意味を与えている想念以外の何だろうか。
概念が世界を維持している。」
「自己の概念というものは無意味である。」
「今や聖霊は、「心の平安が自分に与えられるためには、自己についてのこの概念が取り消されなければならない」ということをあなたが理解するのを助ける方法を見つけ出さなければならない。」」
「また、あなたが何か別の存在だと教えることを目的としたレッスンによらなければ、その学びは取り消されない。」
(←これがアイデンティティのお引越しだな)
「救済とは、概念からの脱出にすぎないとみなすことができる。」
「あなたの自己を象徴の中に探すのはやめなさい。」
「あなたであるものを表すことができる概念などあり得ない。」
(←神を表せる概念などあり得ない)
「自己の概念が脇に置かれたところでは、真理がありのままに開示される。」
やっぱそうなんだ
以前も読んだことのある所だったけど、
いまこそやっと腑に落ちた感じがする。
なるほど~
Mi vida
ヤマウチカヨ
『A Course in Miracles(奇跡講座)』分かち合いの場
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