純粋に本来の自分を生きようと、
本来の自分に気づいていく過程で
昔の感情たちが沸きあがってくることがある。
それは、
過去に湧き上がった怒りかもしれないし、
悲しみかもしれないし、
嘆きかもしれない。
この社会では、
「怒るなんて恥ずかしい!」とか
「いつまでも泣くな!」とか
マイナスの感情に対して
(本当はマイナスでもなんでもない、当たり前の感情なんだけど)
表現することを抑えられてきた人が多い。
そんな昔のいろんな感情達が体に渦巻いて、
今の生きづらさに繋がってることは結構ある。
そして、
目の前にその感情を昇華させるための
いろんな現象が起こってくる。
私の場合は、
「怒るなんて子どものすることだ」と
特に「怒り」という感情を抑えるように生きてきた。
(小さい頃から、頻繁に突然怒り出す親たちに
うんざりしていたからなんだけど)
そうすると、
特に車の運転のときに、
やたらイライラして怒って運転している車と
出くわす場面が本当に多かった。
それは、
自分の中に蓄積されてきた
昇華されてなかった怒りが
引き寄せて
(これこそ本当の引き寄せ)
目の前に現象として現してくれていたんだと思う。
そのときは
それがよくわからなくて
「なんでこんなこわい目にばかり合うの?
」
と思っていたけど笑
でも、その原理を教えてもらって、
少しずつ「怒り」の感情を手放すことを始めた。
初めはめちゃくちゃ抵抗があった。
「怒るなんて親と同じじゃないか!」なんて。
でもそれでも怒りをもっている自分を許していく。
日常で湧き上がってくる「怒り」達に
目を背けずその都度発散さていく。
きちんと怒りを表現していく。
ほんと少しずつ少しずつ。
すると、あるとき、
ものすごく腹の底からぐらぐらと怒りが湧きあがってきた。
きっかけは、
多分家事のことで夫に対してイライラしたのじゃなかったかな?
(夫というのは本当にありがたい存在)
それはもう本当に抑えようのない怒りで
その辺のものをなぎ倒し
クッションを殴りまくった。
怒りの声も出ていたかもしれない。
なぎ倒したお皿やコップも割れた。
その場にいた、
夫や子供達もびっくりしていた。
(もちろん怒りを発散させた後は
理由を説明してびっくりさせたことを謝りましたが)
自分でも
その怒りの理由は分からない。
多分、これこそ小さい頃から蓄積していた怒りたちじゃなかったのかな。
そのあとから、
徐々に、
車に乗っていても
怒りで染まった車と出くわすことはなくなっていった。
それは、
自分の中の過去の怒りたちが昇華されていったことを
現しているのだろうと思う。
目の前に起きている現象に対して、
ただ観察すればいいのだ。
その現象が起きているということは
あなたの中の何を現しているのだろ?
被害者にならずに。
自分を否定せずに。
その状況に翻弄されずに
ただ一歩引いて観察してみる。