お題「伯爵」「スワン」
お題提出者:nozo姉
書いた日:2月6日
喫茶室「スワン」のマスターはとても立派ななりをしているので、私と健一は彼を密かに「伯爵」と呼んでいた。
伯爵は、マンガでしか観たことないようなくるんとした口ひげをたたえ、片目がねでこそないものの、まるいシルバーの眼鏡には繊細な眼鏡チェーンをぶら下げ、いつ見ても真っ白なシャツに黒いくっきりとしたベストを着ているのが怖いぐらいに似合っていた。そして、田舎の大学街の裏にある細長くて汚いビルの一回には分不相応なほどの「立派な」家具調度と、そこにくる連中ーー汚い大学生、近所の農耕従事者、もしくは道路工事関係ーーにはいささか「立派すぎる」拡張高い昔の荘厳なクラシックが流れていた。
伯爵は口数が少なくて愛想がわるいが、煎れるコーヒーだけは本当においしくて、しかも現代の基準から言えば破格ーー本格コーヒーが150円!ーーというまさに「貴族の商売」的な世間知らずで、私は彼を「本当に」没落した貴族かなんかなんじゃないかと思っていた。しっかりとした身のこなしも、身分は落としても決して失わない品も、溢れ出る自信も、なにもかも。もちろん、戦後60何年になる今に、没落貴族なんて言葉自体が時代錯誤だけど、私は伯爵や、「スワン」がたたえているそっとした古き良き時代の香りや空気を非常に愛していた。
カウンターしかない小さな店なので、私には入りづらく(私はスターバックスにだって一人で入れないのだ!)、素敵な本を借りた帰り道だとか、いやなことがあったときにふっと入ってみたくなるのだが、なんとなく、上品な音でなるベルがついた上品で重たい木の扉を開けるに至らず前を素通りしていた。
そんな風に過ごして2年が過ぎ、就職が決まった秋の終わり、私はついに決心をして「スワン」へ行ってみることにした。カランカランという、カウベルのような音が店内に降り積もった荘厳な静寂をふっとかき乱した。カウンターしかない店内は細く狭く、かすんだ窓から午後の光がさしこむと、古びた赤いカーペットやベルベットの椅子、しっかりした木製のカウンターすべてに目に見えない埃がつもってきらきらと輝いているのが見えた。そこは時間に置き忘れた図書館に似ていた。他にお客さんはおらず、伯爵はカウンターの後ろにある、大きな白鳥の油絵をぼうっと眺めているところだった。
「・・・らっしゃい」
伯爵が私を見て渋いバリトンで無愛想にそう言うまでに、静かな沈黙があった。
きらきらと光る古い時間、見たこともない恍惚とした表情をうかべて絵を眺める伯爵、白いシャツ、黒いベスト、銀色の華奢な眼鏡。
荘厳な昔のオーケストラ。コーヒーの深く胸に差し込むような切ない匂い。
数年後「スワン」が朝露のように閉店してしまってからも、私はその小さな結晶のような時間を時々思い出す。健一にも、その時のことは話していない。なんと言ったらいいのかわからないし、うまく言葉にできない。
それは口にすれば壊れてしまうほど繊細で、完璧なものなのだ。
うん。
そのなんということのない瞬間は、時間の結晶、そのものだった。時間の急流に押し流され辛い時、私は伯爵と、スワンの絵と、その世界の、その時代錯誤的な完璧さを心の中に思い浮かべて深い安堵を覚えるのだ。
*2ヶ月以上サボっていたのでひさしぶりに書くとすごく困難でした。
またはじめます。
お題募集してます!!
*お題一覧*
*しるしはテツオ君です
平成21年11月
*11月15日「山手線」「月曜日」*
11月15日「霜月」「ひたき」 母より
*11月16日「歯」「かなしい」*
*11月17日「iphone」「タバスコ」「カルピスサワー」*
11月17日「ほうれん草のおひたし」「動物園」nozo姉より
*11月18日「缶コーヒー」「たまご」*
11月18日「港町」「携帯電話」まな*さんより
11月18日「妄想癖」「牛乳」まな*さんの旦那様より
11月18日「加齢臭」「象牙」佳(kei)さんより
11月18日「憤怒」「赤ちゃん」まな*さんより
*11月19日「19歳」「29歳」*
*11月20日「東京スカイツリー」「穴」*
11月20日「腕時計」「チョコ」まな*さん
11月20日「ホットココア」「耳当て」はなかさん
*11月21日「しし座流星群」「こたつ」*
*11月22日「人ごみ」「タクシー」
11月22日「エレキギター」「ももたろう」佳(kei)さん
*11月23日「抱き枕」「海」*
*11月24日「リサイクル」「飲み物」*
*11月25日「横断歩道」「ブーツ」*
*11月26日「イボイボ」「日記」*
11月26日「伯爵」「スワン」nozo姉お題
*11月27日「ストロー」「電信柱」*
*11月28日「ジャパンカップ」「ウォッカ」*
*11月29日「忍者」「通販」*
11月29日「牛肉」「スカート」まな*さん
*11月30日「円高」「ボクシング」*
*12月1日「八つ橋」「鼻血」*
*12月2日「丸の内」「迷子」*
*12月3日「鉄」「歌声」*
12月3日「泡沫」「旋律」奏空さん
*12月4日「臨時列車」「ガラガラ」*
*12月5日「寝起き」「シュークリーム」*
12月5日「矮鶏」「熱伝導」ガブリエル夫人さん
*12月6日「遅刻」「かぼちゃ」*
*12月7日「白い部屋」「絵の具」*
2月16日「釜飯」「お門違い」 佳(kei)さんお題
*2月18日「なまはげ」「切り抜き」*
2月19日「緑茶」「風呂場」おおがきなこさんお題
2月19日「図書館」「かずのこ」おおがきなこさんお題
*2月19日「恐れ多くも」「消しゴム」*
*2月20日「CDジャケット」「食べる」*
6月3日「手芸クラブ」「充電切れ」おおがきなこさんお題
*しるしはテツオ君です
平成21年11月
*11月15日「山手線」「月曜日」*
11月15日「霜月」「ひたき」 母より
*11月16日「歯」「かなしい」*
*11月17日「iphone」「タバスコ」「カルピスサワー」*
11月17日「ほうれん草のおひたし」「動物園」nozo姉より
*11月18日「缶コーヒー」「たまご」*
11月18日「港町」「携帯電話」まな*さんより
11月18日「妄想癖」「牛乳」まな*さんの旦那様より
11月18日「加齢臭」「象牙」佳(kei)さんより
11月18日「憤怒」「赤ちゃん」まな*さんより
*11月19日「19歳」「29歳」*
*11月20日「東京スカイツリー」「穴」*
11月20日「腕時計」「チョコ」まな*さん
11月20日「ホットココア」「耳当て」はなかさん
*11月21日「しし座流星群」「こたつ」*
*11月22日「人ごみ」「タクシー」
11月22日「エレキギター」「ももたろう」佳(kei)さん
*11月23日「抱き枕」「海」*
*11月24日「リサイクル」「飲み物」*
*11月25日「横断歩道」「ブーツ」*
*11月26日「イボイボ」「日記」*
11月26日「伯爵」「スワン」nozo姉お題
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*11月28日「ジャパンカップ」「ウォッカ」*
*11月29日「忍者」「通販」*
11月29日「牛肉」「スカート」まな*さん
*11月30日「円高」「ボクシング」*
*12月1日「八つ橋」「鼻血」*
*12月2日「丸の内」「迷子」*
*12月3日「鉄」「歌声」*
12月3日「泡沫」「旋律」奏空さん
*12月4日「臨時列車」「ガラガラ」*
*12月5日「寝起き」「シュークリーム」*
12月5日「矮鶏」「熱伝導」ガブリエル夫人さん
*12月6日「遅刻」「かぼちゃ」*
*12月7日「白い部屋」「絵の具」*
2月16日「釜飯」「お門違い」 佳(kei)さんお題
*2月18日「なまはげ」「切り抜き」*
2月19日「緑茶」「風呂場」おおがきなこさんお題
2月19日「図書館」「かずのこ」おおがきなこさんお題
*2月19日「恐れ多くも」「消しゴム」*
*2月20日「CDジャケット」「食べる」*
6月3日「手芸クラブ」「充電切れ」おおがきなこさんお題
12月5日「寝起き」「シュークリーム」
確かに言った。
「シュークリームだったら恋人にしてもいいぐらい好き。むしろ結婚したい」
そう言った。流行のインフルエンザで寝込んでいた時彼が差し入れてくれたシュークリームが天国からこぼれ落ちて来た天水のようにおいしかったからだ。
だけどこういう結果は予測していなかった。朝起きたら枕元に、ほほを赤らめたシュークリーム紳士が真っ白なホイップクリームを抱えて立っていたのだ。最高に珍しい寝起きどっきりだ。
「まち子さん。お迎えにあがりました」
私は病み上がりのぼんやりした頭で、ふわふわのシュークリームを見た。かなりハンサムなシュークリームで、焼き肉定食を食べた後でも別腹で食べれそうなぐらいおいしそうだ。
「お迎えってどこに?」
「母上の所です。結婚式の準備はもうできております。さあ、馬車へ」
馬車はふわふわのワッフルだった。そのままぱくんと食べたならばこの世の憂いも全て溶け落ちるような、卵と牛乳と小麦粉が最大に愛し合ったようなワッフルだった。
「母上は何なの」
「母上はイチゴのショートケーキです。父上はガトーショコラ、我らが城はモンブランに建っております」
「素敵ねえ。あとはあつーいブラックコーヒーの泉が近くにあれば、お嫁にいくわ」
シュークリームは目を輝かせた。
「なんと。皇太子である私の領地には、なみなみとブラックコーヒーが湧いております」
「素敵ねえ。お嫁に行こうかしら」
「さあさあ、誓いの指輪です」
シュークリームは綺麗なマカロンを差し出した。私はそれをぱくんと口に入れる。なんておいしいのだろう。口中が繊細な甘みと香ばしさでとろけそうになる。私は続いてシュークリームの王子をほとんど一口で飲み込んだ。
「まき子、おはよう」
隣の部屋から恋人が顔をだした。
「枕元に置いてあったシュークリームとマカロン、食べた?」
「食べた」
「よかった」
「もしかして、そっちにはイチゴのショートケーキとガトーショコラとモンブランと、なみなみとしたブラックコーヒーがある?」
「あるよ。コーヒーは今入れるよ」
私はうふふ、と立ち上がる。風邪を引いたら恋人がめいいっぱい甘やかせてくれるから大好きだ。やっぱり、シュークリームの王子には悪いけれど、結婚するのなら、ふわふわのホイップクリームじゃなくて、こういう優しくて気のきく男よね、と私は思う。
確かに言った。
「シュークリームだったら恋人にしてもいいぐらい好き。むしろ結婚したい」
そう言った。流行のインフルエンザで寝込んでいた時彼が差し入れてくれたシュークリームが天国からこぼれ落ちて来た天水のようにおいしかったからだ。
だけどこういう結果は予測していなかった。朝起きたら枕元に、ほほを赤らめたシュークリーム紳士が真っ白なホイップクリームを抱えて立っていたのだ。最高に珍しい寝起きどっきりだ。
「まち子さん。お迎えにあがりました」
私は病み上がりのぼんやりした頭で、ふわふわのシュークリームを見た。かなりハンサムなシュークリームで、焼き肉定食を食べた後でも別腹で食べれそうなぐらいおいしそうだ。
「お迎えってどこに?」
「母上の所です。結婚式の準備はもうできております。さあ、馬車へ」
馬車はふわふわのワッフルだった。そのままぱくんと食べたならばこの世の憂いも全て溶け落ちるような、卵と牛乳と小麦粉が最大に愛し合ったようなワッフルだった。
「母上は何なの」
「母上はイチゴのショートケーキです。父上はガトーショコラ、我らが城はモンブランに建っております」
「素敵ねえ。あとはあつーいブラックコーヒーの泉が近くにあれば、お嫁にいくわ」
シュークリームは目を輝かせた。
「なんと。皇太子である私の領地には、なみなみとブラックコーヒーが湧いております」
「素敵ねえ。お嫁に行こうかしら」
「さあさあ、誓いの指輪です」
シュークリームは綺麗なマカロンを差し出した。私はそれをぱくんと口に入れる。なんておいしいのだろう。口中が繊細な甘みと香ばしさでとろけそうになる。私は続いてシュークリームの王子をほとんど一口で飲み込んだ。
「まき子、おはよう」
隣の部屋から恋人が顔をだした。
「枕元に置いてあったシュークリームとマカロン、食べた?」
「食べた」
「よかった」
「もしかして、そっちにはイチゴのショートケーキとガトーショコラとモンブランと、なみなみとしたブラックコーヒーがある?」
「あるよ。コーヒーは今入れるよ」
私はうふふ、と立ち上がる。風邪を引いたら恋人がめいいっぱい甘やかせてくれるから大好きだ。やっぱり、シュークリームの王子には悪いけれど、結婚するのなら、ふわふわのホイップクリームじゃなくて、こういう優しくて気のきく男よね、と私は思う。