旦那と腹部エコーの診察室に入り、赤ちゃんの計測などゆっくりして頂きました。

赤ちゃんは週数相応に順調、特に今の時点で異常は認められない。

まず一安心。

その後診察の結果今後のお話しを別部屋に移動してしました。

まず、頸管長が5㎜しかないこと。
安定期に入りちょうど4連休だったので子供達と公園に行ったり自分も久しぶりに沢山歩いたりしたので無理をしてしまったかな…。と思いました。

先生は
本来出産の時期まで頸管は4センチ程度しっかり閉じていて陣痛が来たり出産が近づくと開いてくるはずのもの。
子宮頸管無力症と言って本人に張りなどの自覚症状が全くないまま勝手に頸管が開いてきてしまうのだそうです。
いくら経産婦でも気づくのはまず無理です。だからお母さんが動いたからとかそういうのは関係ありません。どんなに安静にしていてもなります。
と言ってくださいました。



健診先の病院では9㎜と言われたのに、5㎜!?
もうほぼ膜じゃん!
このままでは流産、早産になることはほぼ確実。

出来る治療は子宮頸管縫縮術。
子宮の出口(頸管)をテープで物理的に縛る手術のことです。これによって子宮の出口が開いてしまう(早産)のを予防できるかもしれない。


子宮頸管縫縮術を受けることでのリスクも聞きました。
手術中子宮頸部を何度も引っ張ったりする(術後に聞いたのですが私は腹腔鏡とかドラマでよく見るそういうたぐいの小型な医療機器を使うのかななんて勝手に想像してましたが全く違います。麻酔により筋肉?などがだらんとしている状態なので膣の見える部分まで頸管を下に引っ張り出して固定して縫うらしい)ので、子宮に過剰な負担を生じたり感染や炎症が進んだりして、結果的に破水、流産、早産を誘発してしまうリスク。
脊椎麻酔による一般的なリスク。
すでに頸管長が短いので手術中に破水してしまうリスク。
去年の経験から17週での破水が赤ちゃんの死を意味することも理解していますので、とても怖かったです。

手術を受けなかった場合、流、早産を避けるのはかなり厳しい。

少し悩みましたが、何もしなければきっと助からない。助かってもかなり早い時期での出産になり赤ちゃんに何らかの障害が残る可能性も高い。最悪産まれた後に亡くなってしまうことだってあるかもしれない。

なので少しでも赤ちゃんが元気に産まれてこれる可能性があるのならそちらにかけたい。
そう思い手術をする方向でお願いしました。

すぐにでも手術が出来るかというとそうでもなく、まずは子宮内で炎症や感染が起きていないかどうかを確認するそうです。血液検査やおりものの検査などをしてもし子宮内に感染が起きている場合縫縮術をしてしまうと細菌などを閉じ込めたままになってしまうそうで、その場合一般的な妊婦さんと同じで破水などの原因になってしまいます。
なので炎症や感染が治まるまでは手術は出来ないそうです。

その結果が出るまで、何日かかかるそうです。
その日は水曜日でしたが週末結果が出て、週明けに手術の予定でいます。

と言われました。

また1つ不安になったので先生に質問しました。
結果を待っている間に、破水や流産になってしまうことも今の状態ではありますか?

あり得ます。

もう怖いでしかない。何も起きなければ良いけど…。


そんな感じで、病室に戻ってから早速張り止めの点滴が始まり、破水感がないか、出血はしてないかなどトイレに行くたびに少し怖かったです。
死産をしてから約半年経ちました。
本当は子宮の回復後すぐにでも妊活したかったのですが、
その年は長男の卒園、入学。次男の入園が控えていたのでまた赤ちゃんが戻ってきてくれても忙しくばたばたになってしまって何か起きてしまったら、最悪長男次男の大事なイベントに出席できないかもしれない。
と思うと入学式、入園式が済むまで妊活ははじめられませんでした。



そうこうしているうちに世の中はすっかり新型コロナで自粛生活になりました。
こんな時に妊活しても、私や赤ちゃん感染せずに出産までたどり着けるだろうか。
そんな不安もありましたが妊活をはじめました。


数ヶ月でまた赤ちゃんを授かることが出来、4度目の妊娠をしました。
赤ちゃんが戻ってきてくれたような気がして、これまでの妊娠の中でずば抜けて嬉しかったです。
1人でトイレの中で涙流しました。
来てくれたよーえーん
そしてすぐに遺骨の前に行き、お空から見守っててねと手を合わせました。強く強くお願いしました。


前回の反省もあり、今回は検査薬も生理予定日きっちり1週間後に使用しました。
陽性反応が出てすぐ健診機関に予約を入れました。
今回は出血もありません。
大丈夫な気がする!

ルンルンした気持ちで妊娠検査の内診のためパンツをおろしました。


ガーンガーンガーンガーンガーンガーンガーンガーン


ほんのり出血してるガーン

また出血していました。

妊娠初期の出血はよくあることと言いますが
前回のこともあり急に怖くなりました。


診察の結果子宮内の妊娠を確認。
出血があるため1週間後にまた受診。
赤ちゃんを確認。
更に1週間後に受診。
出血も止まり心拍もはっきりと確認。

妊娠9週目で母子手帳を交付して頂きました。

今回もつわりがしっかりありました。
6週から倦怠感
週を追うごとに食欲減
吐き気
嘔吐…嘔吐…嘔吐…。
つわりのピークは10~11週だったと思います。毎晩みんなが寝静まってから吐いていました。
辛かったガーン
でもつわりがあるとまだ赤ちゃん頑張って生きてるなと思うことが出来て安心もしました。

それから初期検査では膣炎の可能性があると言われるも予防の膣剤を出してもらいおりものが激減して。2週間後の健診も頸管長、赤ちゃんともに正常。順調に進んでいました。


うん今回は大丈夫な気がする!

それから5日後。水っぽいおりものがでた気が…。
でも感違いかもしれない。ほんの少しだし。

でも去年出先で破水したことが頭をよぎり心配になったので、念の為分娩予定の病院に連絡して受診することにしました。

17w3dです。
診察の結果、破水の反応は見られません。おりものだったみたいです。
よかったーえーん

モニター見てくれますか?

と言われました。
破水はしてないですが、ここ見てください。
頸管が開いてるの分かりますか?
今測ったところ通常4センチ近くあるはずの頸管長が9㎜しかありません。
これは、いつ破水、流産が起きてもおかしくない状態です。
入院、絶対安静になるんですが入院出来ますか?


と言われました。

上の子の世話とかどうしよう旦那に相談しなきゃと思いつつも即答。


はい。



でもそのあと先生が、破水は感違いでも受診してくれてよかったですよ。

と言いました。
急に涙が出ました。
破水感を無視して次の1ケ月後の健診まで待っていたら…また赤ちゃんがでてきてしまっていたかもしれないんだ。
感違いでもほんとに来てみてよかった。

感違いだったけど自分の直感を信じてみて本当によかったです。

その後先生が急いで紹介状作ります。と言い県内の総合周産期母子医療センターへの紹介が決まりました。
私は何故ここの病院じゃなく周産期医療センター?と疑問を持ったけど、それだけこのまま流早産になる可能性が今の状態だとかなり高いと言うことなんだと悟りました。

車で30分くらいしたところに周産期医療センターがあるのですぐそちらに向かいました。

病棟へ上がり即入院。
早速診察が始まりました。
ちょうど旦那も呼び出してあり診察の前に合流できたので内診後一緒に腹部エコー見るため診察室へ入りました。
お腹の中に赤ちゃんはいるのにもう心拍が止まっている。
その現実が頭では理解しつつも心が全く追いつかずひたすら涙が出ました。

その晩時々下腹部に痛みはあったけど陣痛らしきものは来ず、泣いたりウトウトしたりあっという間に次の日の朝になりました。


朝の診察でも状態は変わらずお産が進む気配がないので促進剤のお薬が膣に入りました。
それから3時間ほどしてお昼が済んだ頃だったと思います。
急に生理痛の重いのがやって来ました。
いよいよ赤ちゃんが出てくるんだ。
出てきちゃうんだ。
そう思うとまた涙が止まりませんでした。

それからそんなに経たないうちに分娩室に移動になり、分娩になりました。
少しずつあかちゃんが下りてきてる感覚が分かりました。
16週の赤ちゃんはまだ小さく経産婦なのであっという間に出てきました。別に臨月の子を産むみたいにたいして痛くないんです。
でも悲しすぎて半分叫びながら旦那立ち会いのもとあかちゃんが出ました。
本当にこれでさよならなんだな。もうお腹にいないんだな。


胎盤なども出て、赤ちゃんの計測などが終わり私も落ち着いた頃、赤ちゃんと対面しました。

凄く悲しいはずなのに、不思議です。
私は笑顔になりました。


凄く小さくてかわいい。
凄く細い手足の指先や小さな目耳鼻口。
お腹だけポンポコりんとしていて。
すごくちいさなおちんちんもついていた💕
お兄ちゃん達の産まれたときと同じ顔をしている。
会えて良かった。

そう思ったんです。
こんなに悲しい出産になると思わなかったけど止まってしまった命でも自分の子に会えるとやっぱり嬉しかったです。かわいかったです。
体はもう冷たくて抱きしめてあげることは出来ないけど手をツンツンしたりほっぺをツンツンしたり短い時間だけど旦那と写真を撮ったりどっちのお兄ちゃんに似てるかな?とか話したりしました。



その後数日で退院し、後日赤ちゃんは火葬する事が決まりました。
火葬の予定日まで何日かあったので
お兄ちゃん達と
折り紙でお花を作ったり
お手紙を書いたり
17センチの小さな赤ちゃんなので
小さなガーゼで赤ちゃんの帽子や布オムツを手作りしたり
ぶかぶかだけど肌着も着せてあげて
とにかく棺の中は赤ちゃんの顔の部分以外お花やおもちゃや飾りでぎゅーぎゅーにしました!


火葬前日~当日、食事などは赤ちゃんの棺もとなりに並べて家族みんなでいっぱい話しかけながらとりました。

小さなお兄ちゃん達も沢山話しかけていました。朝起きたらおはよう!
帰ってきたらただいま
寝る前にお休み
絵本を読んであげたり。
出来ること思いつくことはなるべくしました。

火葬当日、長男は火葬口の扉が閉まると涙を流していました。
当時保育園の年長児です。

自分の弟の命が止まってしまいお空に帰って行くこと。

を彼なりに理解しており悲しんでいました。



それからしばらくは子供達の世話に追われながらも静かになると勝手に涙が流れてきたり夜涙が止まらなくて旦那に抱きしめてもらって泣いたりそんな日が続きました。

2週間ほど自宅に引きこもり元の生活に戻しました。
悲しくて涙が出ることはまだありましたがママ友に話を聞いてもらったりして、日々なんとか過ごしていた。そんな感じでした。

そんなときでもそうやっていられたのは2人のお兄ちゃんの存在があったからです。
お空へ帰ってしまった赤ちゃんを悲しみながらも目の前に元気で走り回っているやんちゃな息子2人に目を向けなくては。

徐々にまた毎日子供達を怒り散らすママに戻っていきました😅


悲しい出産にまちがいはありませんでした。
それでも私にとって完璧なお産でした。

1人目お尻の筋肉が裂け産後痛かった
2人目帝王切開で術後痛かった

そして今回は無傷なお産です。産後自分でスタスタとトイレに歩けちゃうんです。こんなにからだが楽だった産後は初めてでした。
ましてや、前回帝王切開している私には今後経膣分娩は出来ないと思っていたので、思いがけない形での出産ですが経膣分娩を無傷でさせてくれてあかちゃんには、

ありがとう❤

そしてスーパーや子供の保育園の送迎中でなく、たまたまいっていた医療機関での更には診察室の中での破水であったことにも感謝。
周りにかける迷惑が最小限で済んだんじゃないかと。

そんな気持ちでいっぱいです。