昭和の肉体美 | 彩希 ユキノの花舟@微笑℃ルーム
  

そろそろ梅雨時雨でしょうか。

 ふさふさのアジサイが満開なのを見ました。
 
 でもなんとなく歳を重ねる淋しさに溜息を打つのは
 私だけでしょうか?

 最近 二宮金次郎の銅像が作り直されたり
 裸のブロンズ像が妙に違和感で減ってきているのではないでしょうか?

 歩き読みが今の交通事情にはあぶないとか、それで座る二宮金次郎とか
 ですよね。

 ところで
 平成と裸は 違和感ですが
 昭和と裸はそれほど恥じるものではなかったような気がします。

 エアコンというものがなく 男はステテコで女はシミーズ うちわで夏は裸に近く暮らしていたし
 庶民には家に風呂はなく銭湯に通っていたからです。

 裸の大将 裸一貫 裸の付き合いとか、何もない人が一代で資産をなすとか
 無二の親友をあらわしたと思います。そして親しみの応援のモニュメントではなかったでしょうか?

そのころは何も裸の像には疑問を持たなかったのでしょう。

でも今は裸の像を外で見ると恥ずかしいと思ってしまう。

最近は変な意味あいでなく、他人の裸を見る機会も減り
独特感があるのは生活様式の変化 きつと銭湯が無くなり
エアコンが普及したことなどなのでしょう。
裸はやっぱり恥ずかしいですが
歯に衣を着せないような力強い人間関係も薄れたということではないでしょうか?

これからは あの力強い経済を支えた泉のような親しみの筋肉美の像も良かったけれど
つい服を着せてあげたくなるのは創造力の縮小なのでしょうか。ん、淋しいです。

でもどうでしょうね。
これからは、コミカルな像が私たちの散歩を楽しませてくれるようになるかも。

みなさんの幸せと街の平和を祈っています。