『生きる』
部屋の中はグダグダで片付かなくて
きっと片付く時がやってきたら
目指す自分にそろい踏みして
セッティングするのだろう。
時を待てなのだろう。
掃除機と食事とせんたくものは
いつもの日課
これは悩まなくても進む
最近、ふと思うのだけれど
中学1年生のときの担任だった先生が
テレビに出てたのだけれど
どんな思いでやっていたのかなぁ~って
家の近くにはNHKの社宅があって
結構、トラッド(硬派的な~)な生き方をしてた。
もちろん私だけでなく
その時のクラスは10組もあったのだから、
他の人もなんらかの想いを思ったのかな?
でも先生は国語の先生でふつうの先生だった。
その時の数年前に
小学校に放送室が出来た新しさが魅力的だったと思う。
その前はメガホンで……、
AMラジオが宝物で
レコードはプレイヤー
リールテープの録音だった。
FMラジオや
カセットレコーダーが登場してきて
メディアが新聞や本以外にも
たくさん仲間をつくっていった
めざましい発達の1970年以降。
ペンや万年筆がボールペン 鉛筆がシャープペンと
これまためずらしい便利ものが増えた時でもあった。
鉛筆は三菱鉛筆にトンボ鉛筆
そのうちにユニ製品ができて
のりは セメダイン アロンアルファなど
新しいものが出来た。
エレクトーンなども現れたしね。
そうそうこのころ魔法瓶とか電子レンジとか
かぞえればきりのないほど
どらえもんの道具のような
グッズが次々に世のなかを元気に出回っていた。
高速道路やロボットなんていうのも、
世のなか やっぱり変わるものは変わるんだね。
先生の出ている番組は
まぶしくていつも話の内容なんて
ひとつもおぼえていなくて
先生が出たと
いい声を聴いていたし
みんなはどこどこの刑事ものにも出たとか
生活の話のネタにって楽しそうに華やいでいた。
生きる。
たまには
ちょっと人と違っていた中学生時代をあたりまえのように
生きた日々も思い出すことも生きる一日とした。
あとから、
やっぱり
ホンに少しだけ、変わった一面があった中学生時代だったと
しみじみ思った。
私にはこのことが唯一で
他は解らないのだが……、
ま、あとは平凡で何も目立たないウスイ自分が取り柄であることで
大勢分の一人のいい世界にいるのが自分らしい。
深まりいく秋に。
♡♡♡
追記
きっと平成の今から見えない消えていった
駄菓子屋と小・中学生の深いかかわりの中に
先生は、育成の大切さを
描きたかったのかな?と思う。
当時の中学生は学校で教材はすべて用意されてなくて
買い物といえばそんな近所の文具店で
お金を持って買い
友達同士で放課後を満喫していたからだと
思う。