この寒さと冷えの中で
昭中生まれとしては、
こんな言葉を
思い出しました。
「勝ってくるぞといさましく~
誓って国を出たからは~、」
「贅沢は敵だ
欲しがりません。勝つまでは」
そんな言葉で
小さなころは
教室の黒板の上の【忍耐】という言葉で
耐えてくらした
エアコンのない
だるまストーブ教室で
みんなで笑っていたことを思い出しました。
忍耐はつらくなかったです。
兵隊さんのことを想えば
このくらい・・・・・・、
とまわりの大人の口癖に明るく過ごせました。
つまり、昭中生まれは
新しい歌謡曲と芯のある軍歌を聞いて
育ちました。
でも、やっぱり戦争のことはわかりません。
すごく大変なことが起きていて
人生すべていまわしい出来事だったことと
恐れさえ感じでいました。
大人になって
数年の歳月
ということが解かりました。
数年
です。
この数年の闇は
数十年経つと数十年ではなかったんだと思いました。
生まれた赤ちゃんが10歳になったときには
違う世界が始まっていたということ。
でも 昭和の中期が大きな地震にも
起きなかった平和という黄金時代でも
あったことは たくさんものつくりが行われたり
発明があったのは確かですね。
世間が減給の風潮が平成にあります。
アジアの貨幣や外国の貨幣の価値のなかで
みんなが生きていくには
どれだけのものが
どんな物価であるか
今一度考えてもいいのではないでしょうか?
住宅ローンや家賃 食べ物 交通費
など
減給の収入にあわせて
いいシステムができるといいですね。
五十銭が復活なんていうのも
貧する人を助けるかもしれません。
みんながそれぞれの収入で
元気になれることが一番だと思います。
外国の古代にある街づくり
たくさんモデルはあるはず・・・・・・、
『露営の歌』
『軍艦行進曲』
『父よあなたは強かった』
『愛国行進曲』
『海ゆかば』
『ラバウル小唄』
海兵隊
陸軍
たくさんの抱えきれない闇の中で
葛藤し歌い継がれた歌は
よく聞かされました。
もぅ起きては欲しくない戦争ですが
その中で
歌われた歌のこころは
人間の生き様と
幸せを求める強い欲求ではなかったのではないでしょうか?
その力強さに
今 支えられる気がします。
つらいご時世も
歌って突き抜けた
太く強く支えたことをかんじていた
先人の頼もしさだと思います。