私の中学生だったときの話 わいわいの部屋 | 彩希 ユキノの花舟@微笑℃ルーム
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こんにちは、
詩季子です。
 
もう?秋ざんしょですかね~、
 
さくらの落ち葉が
ころころと私達の生活道路アスファルトに
舞っていきます。
 
30度から下がった気温ですが
まだ昼前は燦燦と日差しが降りそそいで
かなりまぶしい中にもかかわらずなのですが
虫の音がただ虫一匹アウトローで
昼も鳴くってがんこに鳴く声を
聞きました。
 
昼も?がんばる・・・?
虫の力強さを感じました。
実に今を与らえれたところでできることすべてを
おもいきり表現できる虫に逢いました。
 
色どりの街を書くために
いろいろ検索をして
自分の記憶と年を検証していたときのことです。
たいがい自分の記憶と年は数年ずれては
いませんでしたが
あるネットの検索サイトに
1974年 これは私の中学時代の年を
調べてたとき
 
いくなよ
 
なんて文字が出てきたから
笑ってしまいました。
 
しばらくして
その文字は消えましたが・・・、
 
親切なゴーストが現れて
笑わせてくれたみたいなんです。
 
これが事実なので
人にも話せないわけで・・・。
 
ネットには宇宙人がいる~?のでしょうか?
 
管理人さんがあるとき 書き込んで
その時に見たのだけれど
その後に削除されたのかもしれません。
 
きっとそれが一番真実に近いのかも知れません。
パソコンの世界はまだまだ
未知の世界ですね。
 
私の中学生時代・・・
スナフキンのような
ムーミンの中にいる姿かたちが見えない
女の子のように
存在感のない自分のような気がします。
 
駄菓子屋の実家と中学校は
なんと100メートルもなかったので
その~
友だちと話をして帰るという動作は
なかったので ある意味 孤独でした。
 
それに私より個性のあるメンバーはずらりいたし
職員室に成績を張り出されて
うわさになる人だってずらり
そこには影もなく・・・
なんもとりえのない目立たない中学生でした。
 
野球拳をして大もての彼女
美人の彼女
ピアノが抜群にうまい彼女
水泳がとっても上手な彼女
もてもての彼
ひとつも自分にはあてはまらなかった
私です。
 
家と学校が100メートルもなかったことで
お弁当を忘れたときは 先生に言って
走って家に帰って売り物のパンをもらって
あっという間に学校に戻れたのが唯一のとりえだったかな・・・
 
もちろん
個性ゆたかな先生たちもそのことは
私がその駄菓子屋に生まれてから
ずーっとずっーと承知の上のこと・・・
あそこの子だよね・・・なんてね。
 
先生といえば
近所で そのころのことを知っている人は
よく解るのだろうけど
先生にはそれぞれあだ名がついていて
七面鳥とか すけしとか
こわいけど愛嬌のある先生
テレビと教師を兼ねていた先生とか
個性豊かな1972から1975でした。
 
テレビの世界や漫画の世界
あたらしもの好きな好奇心は
充分 満たされた時・・・
 
インフラの整備
飛行機だったり、
観光バス ビートルズ
アメリカ 
カラオケがラジオから流れてきて
なんの曲を歌ったかな?
その時その時間を捕まえないと
カラオケはできなかった。
 
カセットテープレコーダーは
宝物の新着だし
ステレオにしても今のゲームより
重厚な なんともいえない家庭のグッズ
自動販売機の新品に初めてコーラを
ころころと入れて手伝いをしたとか、
 
あげればたくさんのことが
ざくざくと万華鏡のように
色どりを添えていったころです。
 
反面 公害・・・と
 
行くのに毎日どきどきして
行ったような気がします。
 
大きなメインイベントとはというと
家の駄菓子屋に雑誌を売ることが
そのころ始まりまして
漫画を一番にただで読んでました。
あしたのジョーとか
つまり 少年マガジンサンデー
マーガレット少女コミック
セブンティーン
週間女性 その他月間誌すべて
そのおかげさまで勉強というものから
かなりまたまた離れまして
哀しくせつなく 行きたい高校には
いけない結果に・・・
ショックに 耐えられなくて
放浪のちょっとした散歩 散歩、
にでかけたり、
地元的には竜泉寺街道家出です。
ただ竜泉寺街道をひたすら散歩家出です。
小心物ですからね。
 
散歩程度の家出でした。
漫画?を読みまくった中学生時代・・・
果たしてよかった?のでしょうか?
のんびりしてるのはそのせいでしょうか?
 
またテレビの中では個性的な漫才師さんやコント
すごかったですよね。
映画もですね。
 
橋が転んでも笑える頃でした。
あ、箸です。
 
今はそうでもない。
顔から表情が消えてる気がします。
時にはこわばったりして・・・。
 
もうひとつは
テレビで先生が
駄菓子屋に入るシーンを
見るのもちょっとした楽しみ?
「おっ、」とか思いました。
その先生の大曽根の家に演劇部だった友だちに
連れていってもらってコーヒーを
頂いたり
スタジオ見学に連れていってもらったような
思い出も微かにあります。
 
んとこれがほんとの記憶だったら
金八先生みたいですね。
 
でも昔のことで
うろ覚えなんですよね。
 
これが中学生時代の
二つのイベントだったと思います。
 
目だたない普通の生活の
まだアナログテレビのそばのパソコンから
お送りしました。
 
「私の中学生だったときの話」
でした。
 
では
こんなところで
また・・・、