何十年目の終戦記念日という日の伝言板 | 彩希 ユキノの花舟@微笑℃ルーム

何十年目の終戦記念日という日の入りの夕焼け

イメージ 1
 
写真ではふたつのお日さまのように写っていますが
実写は 丸いお日さまは くもにコロナを消されて
赤い満月のように見えていました。
お日さまも星のひとつのように見えました。
この写真を撮る前に 黒いくもとお日さまが
共演したそらで ややのお天気雨でした。
くもとお日さまの戦いでしょうか?
ややの雨を降らせていましたが
お日さまは照っていました。
ややくもも負けないでおひさまのコロナを
消していました。
どちらが 勝ったのでしょうね?
午前中は どんよりくもりでした。
蒸し暑い・・・
2010年の終戦記念日でした。
 
ほんとうの終戦の日のお天気は解りません。
まだ 私はその日は生まれていなかったからです。
 
でも生まれてから、ものすごい勢いで
戦争の話しを回りの方から
口を開けば 知らない人さえ、知らない小さな私に
戦争の話しをされました。
だから 約4年という歳月に大破壊行為が行われた話しは
ごく最近ウン十年生きてから
気付きました。
 
感覚からいけば 重く恐ろしいものと
未知の年数のような~気がしてます。
 
生まれたこどもが5歳になったときには
終戦だった・・・、
疎開を何年と強いられて
終戦になったということなのでしょう。
その間に尋常でないものを見た話しを
両親から聞いたことは真実です。
 
たくさん聞いた話で
自分には誰がなんの理由で始まったかは
直接はその頃の人はそれだけいうのに
聞いたことの覚えはありません。
 
記事や歴史の本にはあるのでしょう。
 
当時者しか解らないことなのでしょう。
 
文明の発達のおごり?
飛行機に無線に鉄砲を作ることが出来た人間は
それを決して平和利用だけに限定できなかったということ?
なのでしょうか?
 
そのころの人間の気質は
まだまだ 荒々しい喧嘩も日常にあったのか、
聞いてみたいです。
 
自分の小さな頃もよく路上の喧嘩は 割合
日常茶飯事
生まれる前は境界線を引いたものが
自分の土地になったと聞いています。
 
生まれた頃でも
クマも狸もへびも鷹もいて 荒々しくなければ
人間が動物にやられてしまう頃でもあったのでしょうか?
 
まだまだ日本の中でも地方のアイヌや士農工商
差別もあり、
トイレも水洗でなくポッチャンと排泄したものが
はねて戻るというな今とは 異次元の世界です。
家自体の木造も弱弱しいもの
雨が降れば道はべとべとぬかるみになるほど
町は 弱いものでした。
蚊も蝿もそれはそれはぶんぶん飛んでいました。
もちろんテレビ電話はかろうじてあったとしても
エアコンはありません。
かつおぶしはかつおぶし削りで削り
井戸もそこらじゅうにありました。
まきは おので割っていました。
 
これは昭和33年以降の話しですが・・・、
 
開戦の真実の記事もたくさん読んできましたが
最後まで語らないで亡くなったということも聞いてます。
 
荒々しい時代荒々しい人間の性格の時代の中で何が原因だったのでしょう?
刀が 拳銃になったのでしょうか?
刀狩りも拳銃になってしまったのでしょうか?
 
真実を知る必要はなく
大破壊は恐ろしいということなのでしょう。
 
聞かされた事実にたくさんの人が亡くなられたこと
ご冥福を祈ります。
 
そして 父はいつも柔らかい頭でいなさいと伝えてくれます。
そんな中で受け継ぐ反戦のヒントがあるのかも知れません。
 
調和を築く文化を繋ぐことが 大切なのかもしれません。