終戦記念日(わいわいの部屋) | 彩希 ユキノの花舟@微笑℃ルーム
64回目の終戦日


生まれる前にあったという

大破壊行為は 4年弱のいう

時の流れにあったことを

意識したのは

子育ても終わりの平成に

冷静に見つめ直した。


生まれて まもなく

ものごごろつき始めたころ

かなりの辛らつな

永遠的に続いた暗闇の時の流れに

聞こえていたのは

まわりのひとたちが

集まれば その話が

始まるのが 必ずと言っていいほど

その話題であったからだろう。

兵隊さんの写真はどこの家でも

見られ ものごごろついたばかりの

私には 物悲しく映り

死の怖ささえ覚えた。



こどもの遊びの中にも

戦争ごっこなり

プラモデルにしても

戦艦大和やら

隼というかっこよさに

目を見張った。

戦争将棋もあった。


終戦記念日は

音が鳴るとともに

道いく人さえ

おそれて 追悼で黙祷を

ささげていた。


いつのころから

その話題も

なぜだか だれもあえて

口にしなく 

聞くことが少なくなってきた。



『戦争を知らずにぼくらは育った』


    戦争は知らない



もちろんそのむずかしい経緯は
歴史で習った。


天変地異があると

食料やひとの流れが

変わる・・・と

なのでしょうか?



あれほどの大破壊が

起こされたという期間は

4年弱・・・、4年弱。

聞かされた戦争体験談は

長く長く辛い日々

けっして 4年弱とは

だれも語らなかった・・・。


この時の流れや長さは

何なのだろう~。


今の4年前は 回り灯籠のように
ついこのまえでくるっと
おだやかな絵を
思い出させる。


今 戦争が起きる要因は

見えないとしても天変地異

貧困 食料事情で

困ってくることに要因は

あるのでしょう。



そのために

祖先は 腰が曲がり固まるほど

アンチエイジングでなく

田畑で その人生を

かけてきた遺産があり、

また 輸入食物の恩恵で

きれいに年を取れる

しあわせがあるのでしょうか・・・。


終戦記念日にて

この辺で・・・。