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今日の一言 「 せめて帆くらいは 」

 
(12/15)
おはようございます。
今日は、小説家・エッセイスト・評論家五木寛之の一言。
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 【今日の一言 2014年12月15日】
「ヨットは自分で走っているように見えて、本当は風に走らされて
 いる。でも、帆ぐらいは張っていないと、いくら風が吹いても走
 らない。努力して帆を張ることはやるけれども、風がなければ  
 俺は動けないよと、居直ってもいいんじゃないか」
  (五木寛之 小説家・エッセイスト・評論家)
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  北京五輪でセーリング競技が無風のため全レースが順延になったと
いうことがありました。風がなければお手上げです。ヨットやウィ ンド
サーフィンは無風には勝てないのです。人間のやることは、自力 に
見えて、実は、与えられた環境、自然の力を利用しているものばか り
です。自然の力の方が圧倒的に大きいのです。他力と自力の割合は、
99.999…対0.00…1というくらいでは表現できないほど他力の方
が大きいのです。風がないときに焦ってヨットを動かそう としても、
骨折り損の草臥れ儲けです。そんな時は、ドンと大きく 構えて風が
吹くのを待つのみです。
「風車、風の吹くまで昼寝かな」(広田弘毅 第32代内閣総理大臣)

  (以下、お時間のある時にどうぞ  佐々木常雄 オフィシャルウェブサイト  http://sasakitsuneo.jp/leader/05.html の記事)
  城山三郎の「落日燃ゆ」(新潮文庫)を読んで心打たれない人はいま い。
最近の日本の首相の志の低さを見るにつけ、歴代首相の中で広田 弘毅
ほど国の行く末を思い、国民のことを考え、自らの命を投げ出し たリー
ダーはいなかったのではないかと思い読みながら鳥肌が立つ ほどの
感動を覚えた。 広田は福岡県の貧しい石屋の長男として生まれた。
父の徳平は高等小 学校を終えたら石屋を継がせるつもりでいたが、
息子の出来がよく周 囲の奨めもあって修猷館、一高、そして東大へ
と進むことになる。 この間、広田は勉強するだけではなく自分の意志
で、禅寺に座禅に通 い、町の柔道場にも出かけ、さらに玄洋社で論語
を中心とする漢学や 漢詩の講義を聴いている。 修猷館では109名中
2番だったし東大にも入り外交官試験にも受 かったのだから相当な
秀才である。 彼が普通の秀才と違うのは、己を磨こうとして勉強以外
の多くのこと に時間を使い、常に小さいころから日本のためになろう
という大きな 志を持ち続けたことであり、これからは軍人ばかりでは
日本は守れない、国のために優れた外交官になろうと考えたことだ。
広田は中学卒業と同時に名を丈太郎から弘毅に改めているが、これ
は 好きな論語の一節「士は弘毅ならざるべからず」からの命名であり、
子どものときから論語を学ぶことで強い覚悟を固めていったことが
わかる。 当時の外務省は幣原喜重郎の時代であった。幣原は家柄
を重んじ、 英語は大の得意で語学の達者な「有能者」には目をかけ
るがそれ以外 の人間には無関心であった。 貧乏な家の出で、英語
があまり上手くない広田は冷や飯を食わされることが多かった。事実、
昭和2年にはオランダに左遷される。 そのとき広田は「風車、風の吹
くまで昼寝かな」と詠っている。 広田には名門と栄誉と社交に代表
される外交官生活は親しめなかっ たし、それがどうしたという気持ち
がいつもあった。しかし、オラン ダに左遷されても腐ることなく、かつ
てこの国が小国ながら世界を制 覇した理由を探ったり、小国として
生きる知恵をこれからの日本のために学んだ。小国から見れば列
強がよくわかるということだがこの左 遷の時期に学んだことが後々
活きてくる。まさに左遷を左遷にするの は己であるといえよう。広田
は夥しいほどの書籍を読んだが一日の最 後は常に論語に目を通す
ことが習慣だったという。 西郷隆盛の座右の書が佐藤一斎の「言志
四録」であったように広田の 座右の書は「論語」であったのだ。広田
の同期に吉田茂がいた。吉田 は土佐自由民権運動の志士竹内綱
の庶子だが、横浜の貿易商の養子と なり経済的不安はない。その
上、内大臣牧野伸顕の娘を妻に迎えて いる。牧野は大久保利通の
次男である。このような後ろ盾を持つ吉田 は生来の性格もあって、
何かにつけて「自ら計ろう」とする。これに 対して広田は元々世俗的
な欲望の薄かった性格に加え敬慕する先輩 山座円次郎や無二の
親友平田知夫の突然の死などがあり、ますます 人生に淡白になっ
ていく。しかし「自ら計らぬ」広田のスタンスが 吉田より一歩も二歩
も早くその地位を押し上げ、また逆に「自ら計ら ぬ」ことが東京裁判
での悲劇に繋がる。 「風車、風の吹くまで昼寝かな」と一句詠んだ
が軍部の台頭と独断 専行は広田にいつまでも昼寝を許さなかった。
広田が駐ソ大使時代に 満州事変が起こり、上海事変、満州国宣言、
国際連盟脱退と急転回 していく。こうした中、外交を舵取りできる
のはやはり広田だという ことになり「計らぬ人」のはずが外相に
就任し軍部主導の政治を文民 主導に変えていく。小さいころ
からの精進と左遷による長い昼寝の 間に蓄えた見識が活きて
きて、広田は次第に本領を発揮していく。 昭和10年の国会答弁
では「私の在任中に戦争は断じてないことを 確信している」と強い
信念を述べているが大げさなことは極力控える 広田にとっては
珍しく熱の入った真剣な言葉であったし、命にかけて もという覚悟
の表明でもあった。しかし軍部の横暴はすさまじく広田 にとって
「外交の相手は軍部」とまで言わしめる現実に直面し苦悩す る。
広田の戦争を避けようとする必死の工作も実を結ばず、最終的に
は戦争に突入してしまい日本は多大の犠牲を強いられることに
なる。 戦後の東京裁判でその戦争責任を追及されることになる
が自分の立 場を有利にしようと他人に泥をかぶせる者がいる
なかで、広田は裁判 を通じて終始自己弁護せずむしろ有罪に
なることで務めを果たそう としたようだ。検事団は文官から犠牲
者を求めている、そうならば元 総理で3度の外相を務めている
自分ではないか、そう考え、広田は裁 判の中で最初は弁護士を
断り、「無罪」を主張することを拒否した。 自分には多少なりとも
戦争の責任があるという理由からだ。このよう な覚悟の行動と
自ら計らぬ性格により、最終的には文官としてはただ 一人、絞首
刑の判決を受けることになる。平和を願い獅子奮迅の努力 をして
きた男がその努力を踏みにじり戦争に駆り立てた軍人たちと 同じ
刑を受けるとは何という皮肉な運命なのか。キーナン首席検事は
「なんとバカげた判決か」と嘆いたという。しかし広田は不満めいた
ことは、一切口外せず刑に服した。先の大戦では日本人だけで
250 万人が亡くなっている。これほど多くの犠牲を払った戦争の
責任がど こにあったのか、私たちは正しく知る必要がある。東京
裁判で裁かれ たからもうそれでいいというわけにはいかない。
少なくともなんとしてでも戦争を止めなくてはならないと日夜、知恵
を絞り命をかけて戦 った広田の汚名は晴らさなくてはなるまい。
「落日燃ゆ」を読みながら日本を戦争に引きずり込んでいった人たち
や不当な東京裁判に強い憤りが湧き上がると共に、最後まで何も
語らず絞首台の露と消えた広田の人間としての偉大さに胸が熱く
なる。 揺ぎない信念をもっていた広田だが、家族には人間味溢れる
豊かな 愛情で接していた。名門の子女と結婚し閨閥の力で出世
する外交官は 少なくない中、広田は貧しい家の娘、静子と結婚した。
二人は死ぬま で共に愛し合い尊敬しあった仲であった。 静子は夫の
覚悟を察知し夫の刑を待たずに服毒自殺をしている。夫の 未練を
少しでも軽くしておくためにも自分が先に行って待っているべきだ
と思ったのだ。妻の死を知った広田はその後も家族宛の手紙は 最
後まで静子宛であったという。子どもたちも父を心から尊敬し家族
の結束も強かった。このような広田の生き様には「人は正しいこと
を しなくてはならない」「戦争などで殺し合いをしてはならない」「し
か るべき人間は命を投げ出してその責務を果たすべきだ」といった
自ら の中に積み上げてきた揺るがぬ信念があり、そこが現在の
政治の指導 者と違っていたのだろう。

今日の一言 「 馬鹿にされてされて 」

 
(12/12)
おはようございます。
今日は、小説家太宰治の一言。
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 【今日の一言 2014年12月12日】
「笑われて、笑われて、つよくなる」
  (太宰治 小説家)
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  他人に馬鹿にされ嘲笑されておもしろいはずがありません。何だこの
野郎と思ったり、自分を卑下したりして落ち込みがちです。笑われて
も、笑われても立ち上がりましょう。笑われて、笑われることに免疫
力をつけましょう。強くなりましょう。 「世の中には人を馬鹿にしたがる
奴と、馬鹿にされることを気に病む者とがある。いずれも馬鹿な話で、
世渡りには、人を馬鹿にしてもい けないし、馬鹿にされても馬鹿に
ならぬ、その心がけが大切だ」 (松永安左ヱ門(三代目)日本の電力王)
「人は自分たちの理解できないことを軽蔑する」(アーサー・コナン・ ドイル
 作家)
「認められるまでは、 嘲笑される。これは真理の常である」 (アルベルト
・シュバイツァー 医師、哲学者)
「あなたが行き詰ったと感じ、もう一歩も進めないと思ったとき、 そして
人生のすべての目標を見失ったと感じた時、それは実に素晴ら しい
チャンスです。それはすべてをもう一度やりなおし、人生の新し い
ページをめくる素晴らしいチャンスなのです」 ( アイリーン・キャディ
  哲学者、神秘家)

今日の一言 「 とことんバカ本気 」

 
(12/11)
おはようございます。
今日は、リーブ21社長岡村勝正の社長の一言。
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 【今日の一言 2014年12月11日】
「とことん素直、とことん本気、とことん感謝することである。
 バカ みたいに素直、バカみたいに本気で事に当たれば、
 たいがいのこと はうまくいく。感謝には幸せがまとわりつく」
  (岡村勝正 株式会社毛髪クリニック リーブ21社長)
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  バカ真面目というTVCMも流れていますが、バカになってとことん
やってみることが、何事にも後悔を残さない方法です。とことんやる
覚悟が大切なのですね。岡村勝正は、髪がなくなっていくことは、
「つ らいも何も、多くの方が毎日、死にたいくらい悩んでいます。
人前で は“これ以上薄くなったら全部剃っちゃうよ”なんて冗談を
装ってま すけど、内心はそんなものじゃないんですよ」と、脱毛した
部位に再 び自分の毛を蘇らせるという発毛にとことんこだわり、
「発毛のパイ オニア」として、髪に悩む12万人以上の人々に福音
をもたらしてき たといいます。最初は、漢方生薬…クコの実、高麗
人参、センブリだ とかを、焼酎の中に漬けこんで、褐色になった
ものを、頭皮につけて マッサージすることから始め、「脱毛はもと
もと食習慣、生活習慣が 原因であることが多い」と考え、研究の
対象範囲を皮膚医学や栄養学、 アレルギー、精神面、ライフス
タイルなどにも広げ追求して、リーブ 21によれば発毛実績 96.29%
 (2009年10月~2010年9月末まで の集計データ)という成果に
つなげていきました。ブロッコリーのス プラウト(新芽)に育毛効果
があると、近畿大学と産学連携で研究結 果をまとめて2014年3月に
開催された「日本薬学会第134年会」に おいて、研究成果を共同
発表しています。
「運がいいことは、我々の人生でもっとも重要なことだと、私は思い
ます。オリンピック選手の成果だって、自分の資質やトレーニングや
コーチの質や、大事な条件っていっぱいあると思うんですけれども、
少なくとも半分は運ですよ。そう思いません? でも、たまたま運が
いいんじゃなくて、運が良くなるような努力を積み重ねたから、運が
良くなるんです。運は変えることができるものなんです。人を大事に
する人は人間関係が豊かになりますね。お金を大事に扱う人はお金が
増えますね。運を大事にする人は運が良くなりますよ」(岡村勝正)
「テレビの仕事は、僕たちもスタッフも、手を抜こうと思えばいくら
だって抜ける。でも1回手を抜いたら、つまらなくなってしまうのは
目に見えている。だから、やっている間はとことんまでやるしかない」
(志村けん)