今日の一言 「 慈悲 」
おはようございます。
昨日の末尾の一言で連想しました。
今日は、仏陀・釈迦の一言
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【今日の一言 2012年11月14日】
『人が愚かさゆえ私に不善をはたらいてきても、 私は、
生きとし生けるもの一切へ「良かれ」と願う心(慈無量心)
生きとし生けるもの一切が「苦から解放されるように」と願う心(悲無量心)
生きとし生けるもの一切の“輝き”を喜ぶ心(喜無量心)
生きとし生けるもの一切へわけへだてなく慈無量心、悲無量心、
喜無量心を起こす心(捨無量心)
をもって救おう。
福徳をもたらす目に見えないパワーはいつも慈悲の心の周囲にある。
災いをもたらす眼に見えないパワーはその反対に、害意を持つ者の
周囲に集まり積もるのだ』
(釈迦 『四十二章経』より)
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いわれのない罵詈雑言を投げかけられたら…、われわれ凡人は心穏やか
ではいられませんね。その相手に対して怒りの念、憎しみの念が湧いて
くるものです。
それが、普通の感情の流れですよね。
しかし、偉大なる覚者釈迦は違います。
どうして、普通の感情の流れが起きないのか?
生きとし生けるもの一切を愛し、生きとし生けるもの一切の成長を祈り、
生きとし生けるもの一切の幸福を願っているから、怒り・憎しみと波長
が合わないのですね。
そして
「福徳をもたらす目に見えないパワーはいつも慈悲の心の周囲にある。
災いをもたらす眼に見えないパワーはその反対に、害意を持つ者の
周囲に集まり積もるのだ」と悟っているのですから、慈悲の心で包み
込む対応になるわけです。
これこそが、本当の強さなのかも知れませんね。
「一人子の命をまもる母のように、人はすべてのものに対して、
限りなき慈悲心を抱かねばならない」(釈迦)
大きな深い慈悲の心に圧倒され境涯の差におもわずひれ伏したくなります。でも1㎜でも近づくよう心がけたいな、と思います。皆様、本日も慈悲の心一杯の一日をお過ごしくださいね♡
今日の一言 「 かけがえのないわたし 」
おはようございます。
今日は、版画家、詩人の大野隆司の一言
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【今日の一言 2012年11月13日】
『雲の上から見たら アリンコのようなこのわたし
自分から見たら かけがえのないこのわたし
キラキラ生きていきたい』
(大野隆司 版画家、詩人)
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人間の一人に過ぎないと思うと70億人分の1の価値
という悲しい捉え方もできないわけではないですが、
その一人ひとりがそれぞれ無限の可能性を秘めているの
だと思います。
他人と比較して優れているとか、劣っているではないのです。
過去の自分と比較して、成長しているか?です。
誰もみな成長という無限の可能性を秘めているのです。
せっかくの人生、キラキラ生きていきましょう!
自分の成長に日々精進しましょう!
「君は強い 人の痛みがわかるから
君が殴らないのは 殴られた人の身になれるから
普段の君は弱そうに見えるけど 決して臆病じゃない
君は本当の強さを知っている」(大野隆司)
本当の強さを知り、行動できるような人を目指していきたいな、と思います。皆様、本日もキラキラ輝いて 生きられるといいですね♡
今日の一言 「 自転と公転 」
おはようございます。
今日も、教育者東井義雄の一言
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【今日の一言 2012年11月12日】
『もう少し
多くの人に喜んでもらえることに
一生懸命になろうじゃないか
地球だって
自転といっしょに
公転もやっている 』
(東井義雄 教育者)
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よく「Aが忙しくって、Bまで手が回らない」とうことが
あるでしょう。
でも、本当にできないのでしょうか?
当たり前ですが、笑顔と「ありがとう」と言うことは
同時にできますよね。
ほんの少し自分が努力することで、多くの人に喜んでもらえる
ことがあるかもしれません。もし、そういうものがあるんだっ
たら、自転と公転を同時にしましょう!
自分のためのことと世のため人のためのことを並行してやり
ましょう!
以下、時間のあるときにどうぞ!
ある教師の東井義雄に対する思いを述べた文章です。
「ある日、締め切りの迫った論文の原稿を徹夜で書き上げ、
『今日こそは東井先生に見てもらって発送しよう』と、張り
切って登校しました。二時間目の休み時間に校長室へ行って
みましたが姿が見えません。
教頭先生に尋ねても『さあ、どこへ行きはったんか知らんで』
と言われます。
何度も何度も校長室をのぞきに行きました。
何度行っても姿が見えません。
私はだんだんイライラしてきて、
『行き先ぐらい、ちゃんと言ってでればいいのに』と悪口を
つぶやいていました。
昼休みも、午後も、放課後もおられません。
とうとう帰る時間になっても東井先生の姿は見えませんでした。
『今日、この原稿を送らないと、締め切りに間に合わないし、
どうしよう』とイライラをつのらせ困り果てました。
ちょうどそのころ、妻が八鹿病院に入院していたので、私は病室
から学校へ、学校から病室への生活をしていたのです。
その日の夜、病室に入ると妻が「お父ちゃん・・・」と言って
泣きながら私を見つめるのです。
『何だ?何があった?』と尋ねても、涙にむせんでなかなか話せ
ないのです。
やっと『今日、東井先生がお見舞いに来てくださって、一日中
看病してくださったんです・・・・』
『みんなの大切な校長先生です。看病していただくのは有りが
たいですが、私などが一人占めするわけにはいきません。どうか
学校に帰ってください』と、何度もお願いしたのですが、『学校
はお父ちゃんたちが、きちんとやってくれているので心配せん
でもええで・・・』と言って、午後もずっと看病をしてくだ
さったと言うのです。
妻は大手術をした直後でしたから、背中に手を入れて持ち上げる
ようにしていないと、絶えず激しい痛みが襲ってくるのです。
前の夜は私は論文を書きながら、何度も手を入れて背中を持ち
上げ、その為に首も肩もパンパンに張っていました。
妻の背中には空気枕を入れて出勤したのです。
東井先生は『お父ちゃんの代わりは出来んけど・・・』と言いながら、
一日中妻の背中に手を入れて持ち上げ、痛みをやわらげていてくだ
さったと言うのです。
私は体中が硬直して、ガタガタ震えが止まらなくなりました。
一日中、東井先生の悪口を言い、腹立ちを募らせていた情けない自分、
そんな私のために、妻のために東井先生は、その大切な時間を使って、
骨の折れる看病をしてくださっていたのです。(略)
東井先生の、限りない愛のいのちに出合い、いつの間にか、私と妻は
手を取り合って泣いていました」
少しでも多くの方に喜んで頂けることよう自転と公転、一緒に出来るよう心がけたいな、と思います♡皆様、今週も楽しく自転と公転一緒に出来るといいですね♡


