「おビール党のおビール会with○○ふたり」
昨夜は美人で面白すぎるHさんと我が家でしっとり?!、いや、はちゃめちゃに楽しいお家飲み会でした。その名も「おビール党のおビール会with○○ふたり」❤Hさん命名~!Hさん、話す言葉、言葉が本当に面白く最高なのです。発酵の話、近い将来の目標などなど会話はつきず、ずっと笑いっぱなしで、あっという間に終電ギリギリ!仕事の後なので、簡単なものしかお出し出来なかったのですが、Hさんからは、なんとお誕生日に、と素敵なビューティーグッズを頂き、恐縮してしまいました。・・・、と言ってもやはり、お誕生日をお祝いしてくださる気持ちに、その心遣いに感激!可愛いアヒルちゃん、早速バスダブに浮かべ和みたいです。そして、またまた嬉しいのが、日本酒はほとんどいただかない私が、唯一大大好きな酒蔵、寺田総本家さんの「むすひ」も頂いてしまいました❤
玄米から発酵させて仕込み唄を歌いながら杜氏さんさんたちが丹精こめて大事に作ったお酒。ひさびさにいただき感激❤なんとも言えない芳醇で言葉に出来ない味と香りです。
その他、パッケージの可愛い北海道限定ラーメンや何やら美味しそうなサーモン、チーズまで!
次回のお外飲みも決定し、貴重なアドバイスも頂き、本当に大満足なおビール会になりました❤Hさん、楽しすぎる時間と素敵な心遣い、美味しいものを沢山ありがとうございました❤感謝一杯です❤
今日の一言 「 背中で 」
おはようございます。
今日は、大日本帝国陸軍大将、学習院院長、乃木希典の一言。
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【今日の一言 2013年1月10日】
『人に教ゆるに、行を以てし、
言を以てせず、事を以てせず』
(乃木希典 陸軍大将、学習院院長)
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自らの行いで示すこと、背中で教えることこれが
大切だということですね。
だんだんと、頭でっかちばかりで、実践できる人は少なく
なっているのかも知れませんが…。
釈迦は「末法の時機…には、教のみあって、行も証もない」
と言っています。人間が退廃してくると“行い”がなく
なるのかもしれません。
乃木は敵将の名誉を尊重し丁重に待遇したりして聖将と称
された軍人で、私心なく清廉なことで知られていました。
学習院院長に任じられた乃木は、学習院中等科及び高等科
の全生徒と共に寄宿舎に入って寝食を共にし、生徒に親しく
声をかけ、よく駄洒落を飛ばして生徒を笑わせたそうです。
たとえ裕仁親王(昭和天皇)であっても特別扱いせず
「殿下は、どうやって学校に来られますか」
「馬車で来ます」
「これからは雨の日でも歩いてきてください」と指導しています。
その日から、親王はどのような時も歩いて登校するようになった
そうです。
また、
「穴が開いた服を着ているのはよくないことですが、つぎはぎをあてるのは恥ずかしいことではありません。穴が開いたらつぎはぎ
をあてて着てください」とも指導し、親王の人格形成に大きな影響
を与えています。
口先ばかりでなく行いを大切にしたいものです。
「経営大学院では、リーダーシップを上手く教えていないように思い
ます。というよりも、教えるだけでは不十分です。リーダーシップは、
優れたリーダーの背中を見ながら学ばなければいけません」
(ゲーリー・スタンリー・ベッカー)
本当に口先だけでなく行動を大切にしたいです。毎日、毎日、ミッション、アクション!ですね。皆さま、本日も目標をたてて行動し背中で示すことが出来ると良いですね♡
今日の一言 「 サムライソウル 」
おはようございます。
今日は、マレーシアの元上院議員
ラジャー・ダト・ノンチックの一言。
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【今日の一言 2013年1月9日】
『かつて日本人は清らかで美しかった
かつて日本人は親切でこころ豊かだった
アジアの国の誰にでも自分のことのように一生懸命
つくしてくれた
何千万人もの人のなかには少しは変な人もいたし
おこりんぼやわがままな人もいた
自分の考えをおしつけていばってばかりいる人だって
いなかったわけじゃない
でもその頃の日本人はそんな少しのいやなことや不愉快さ
を越えておおらかでまじめで希望に満ちて明るかった
…本当にどうなっちまったんだろう日本人は
…自分のことや自分の会社の利益ばかり考えて
こせこせと身勝手な行動ばかりしている
ヒョロヒョロの日本人はこれが本当の日本人なのだろうか
自分たちだけで集まっては
自分たちだけの楽しみやぜいたくにふけりながら
自分がお世話になって住んでいる自分の会社が仕事をして
いるその国と国民のことをさげすんだ眼で見たりバカに
したりする
こんなひとたちと本当に仲良くしてゆけるだろうか
どうして どうして日本人は こんなになってしまったんだ』
(ラジャー・ダト・ノンチック マレーシア元上院議員)
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戦前の日本を知っている、元々の日本を知っているラジャー・
ダト・ノンチックからの警鐘です。
戦後日本は、経済的には成功したのかもしれませんが、一方で
大事なものを忘れてきたのかも知れませんね。
「武士道というのは、身を殺して仁をなすものである
(武士道は自分を犠牲にして人を助けるものである)」
(乃木希典)
「恥を知れ。道に外れた事をして恥を知らないものは
禽獣に劣る」(乃木希典)
日本人の心からサムライソウルは消えてしまったので
しょうか?
今からでも遅くないと思います。
大切なものを思い出しましょう!
(以下、以前(2010年9月27日)一部紹介したお話ですが、
お時間のある時にどうぞ)
昭和天皇は、1945年9月27日にマッカーサー元帥と面談し
「戦争の全責任は自分にある。自分自身の運命について、貴下の
判断が如何様なものであろうとも、それは自分には問題では
ない。構わず総てのことを進めていただきたい。私は全責任
を負います」と話します。
1941年9月6日の御前会議で、対英米蘭戦は避けられない
ものとして決定されています。天皇は、御前会議では発言しない
ことが通例なのですが、昭和天皇はこの席で敢えて、「四方の海
みなはらからと 思ふ世に など波風の 立ちさわぐらん」(四方の
海にある国々は皆兄弟姉妹と思う世に なぜ波風が騒ぎ立てる
のであろう)と明治天皇御製の歌を詠まれています。
また、1945年8月9日にポツダム宣言受諾決議案について
最高戦争指導者会議(首相・外相・陸軍大臣・海軍大臣・陸軍
参謀総長・海軍軍令総長)で長時間議論されましたが結論が
出ません。多数決で終戦に持ち込むことも可能でしたが、首相
の鈴木貫太郎の判断により天皇の判断(御聖断)を仰ぐことに
なります。はじめて意見を言う機会を得た昭和天皇は受諾の意思
を表明します。
「身はいかになるとも いくさとどめけり ただたふれゆく 民を
おもひて」(昭和天皇)
また、8月14日、国体護持の確約が得られなければ戦争継続
と主張する阿南陸軍大臣(陸軍内部の過激分子の暴発を抑え、
終戦に持ち込むために、あえて本土決戦を主張したとの説がある)
に対し、昭和天皇は、涙を流しながら「おまえの気持ちはよく
分かる。しかし自分の身はどうなってもよいから、国民の命を
助けたい。苦しかろうが我慢してくれ」とポツダム宣言受諾を
説得されたそうです。そして、この天皇発言を阿南が陸軍内部
に伝えることによって陸軍内の統制が維持されたのです。
内外500万人の兵わずか1日で一挙に降伏に転じるという奇跡
を可能にしたのは、昭和天皇と鈴木首相、阿南陸軍大臣の見事な
連携があったればこそと言われています。
二度の御前会議での天皇のご発言をもとに、終戦の詔勅が作られ、
翌8月15日天皇御自身がラジオで国民に直接呼びかけるという
異例の玉音放送がなされました。強硬派の多い陸軍も、阿南大臣が
「承詔必謹」の大方針を打ち出し(阿南大臣は15日早朝自刃)、
全軍が静かに矛を納めました。
15日の午後、鈴木首相は辞表を天皇に差し出します。退出
しようとする鈴木首相に、昭和天皇は「鈴木」と親しく呼び
止められ「ご苦労をかけた。本当によくやってくれた」と
やさしく言われたそうです。
そして、さらにもう一言、「本当によくやってくれたね」と。
そんな平和主義者の昭和天皇が、極刑も覚悟し、戦争の全責任
を負うと発言されたのです。マッカーサーは、天皇は命乞いに
でも来るのだろうと思っていたのですが、天皇の言葉は、
彼の想定とは、ま逆でした。
「天皇とはこのようなものでありましたか!
天皇とはこのようなものでありましたか!」と心の琴線に触れた
マッカーサーは
「陛下、ご不自由でございましょう。
私に出来ますることがあれば、何なりとお申しつけ下さい」と
言いますが、昭和天皇は、
「命をかけて、閣下のお袖にすがっておりまする。
この私に何の望みがありましょうか。重ねて国民の衣食住
の点のみにご高配を賜りますように」と国民のことだけをお願い
しました。
マッカーサーは、当初、天皇を送迎する予定ではありませんでした。
しかし、急きょ玄関まで昭和天皇に同行し、車のドアを開けて
見送ったといいます。
「私は、大きい感動にゆすぶられた。…私の骨の髄までも揺り
動かした」(マッカーサー、後日の述懐)。
側近のフェラーズ代将にも、マッカーサーは
「私は天皇にキスしてやりたいほどだった。あんな誠実な人間
をかつて見たことがない」と語ったと言います。
昭和天皇のそんな誠実さ・純粋さが、「日本に1000万の
餓死者を出すべし」と命令されていた、マッカーサーを動かし、
当時の人口をはるか超えた8000万人分を想定した食糧放出が
なされたのだそうです。
「軍を失うも、国を失わず」(阿南惟幾)
日本人、サムライソウル、武士道♡素晴らしいですね♡皆様、本日もサムライソウルで素晴らしい一日をお過ごしくださいね♡

