AVM7年生の気ままなブログ。 -3ページ目

AVM7年生の気ままなブログ。

AVM(脳動静脈奇形)の発症から7年が経った一人の人間の気ままなブログ。Yahoo!ブログから移植されました。

お久しぶりです。

とーんと、更新せずに間隔が開いてしまいました…。
この1年程の間に、たくさんの出来事があったのですが、それはまたの機会に(と、いって書くのだろうか←)


はてさて、読者の皆様も報道でご存知でありますでしょうが、先日起きました大阪北部での地震。
大阪では史上はじめて震度6弱を観測。
1週間が経ってもなお、被災地域では混乱の最中。
被災された皆さん、被災地域の皆さん、心からお見舞い申し上げます。

我が実家も、震源地からみると、淀川という大阪の中心を流れる大きな川を挟んだ向かいにあります故、震度5強を観測。
幸いにも実家では目立った被害はなかったものの、周辺の住宅では瓦が落ちたりしている模様です。(先週末確認したところ、実家でも外壁や基礎部分にひび割れが見られているようです…)

僕が大学通学のために下宿している京都市内の中心部のマンションでもかなりの揺れを襲いました。
観測では、震度4でしたが、周辺では震度5強が観測された地域もあることから、それはそれはかなりの揺れであったと思います。
部屋中に荷物が積み上がっていますが、それらが崩れることもなく、なにも被害はありませんでしたが…。

ただ、、、もう本当に"死"が頭をよぎりました。死ぬんじゃないか死ぬんじゃないか…と笑
それくらい、本当に大変な揺れで、揺れながら携帯の警報は鳴るわ、揺れが収まりかけたときにまた鳴るわで「まだ来るんかまだ来るんか?」と不安どころでなく。

やはり今でもテレビを付けたままでないと怖すぎて寝れないです…笑
天災はいつでもやってくるということを身にしみて感じさせられましたが、余震も含めてもう揺れなくていいです。揺れないでください。笑 それくらい怖かったというか恐ろしかったです。
東日本の震災をはじめ、大きな地震を各地で経験された方は、このような気持ちでおられたのだろうなぁ…と思っています。


東日本といえば、3月に東北に行きました。被災地と呼ばれる場所を直接足を運び、この目で見ました。詳しいことはまたお話出来たらと思いますが。
その東北の旅行。もちろん、1人で出来ることも増えて、旅行に行けるようにもなりましたが、いろんな人に助けられて旅を終えることが出来ました。
それは、現地でサポートしてくれた友だちだけでなく、多くの“ありがとう”がありました。
そんな人間が、もしものときにひとりで不安じゃないわけがないんです。笑
もし、何かあったとき、逃げれるのか、助かるのか、、、などなど色々と頭がよぎります。

国の施策では、「要配慮者」として、配慮の必要な高齢者や障害者などを対象に、地域での助け合い、地域で安否確認などをするようにしているようです。
しかし、どうでしょうか。有事の際、みんな自分のことでいっぱいいっぱいなのは仕方ないでしょう。特に、一人暮らしであるがゆえに、最後は自分で自分の身を守らなきゃダメなのかなぁ…とつくづく感じた出来事でもありました。

障害があるから、病気を抱えているから、何か健康上問題があるから…誰であっても、安心して過ごすことが出来て、もし万が一のことがあっても無事に過ごすことが出来るように整備されていけば、と願っています。

ほんまに怖かった笑
お久しぶりです。 
かなり空いてしまいましたがどうにか元気に過ごしておりました。
年を明けてから色々と書こうと思えば、レポートに課題に追われ…試験が終わり書こうと思えば、春休みにやることが意外と多くてあっという間に過ぎていき…気づけばこんなにも空いていました(笑)

皆さまはいかがお過ごしでしょうか。
今年の冬は特に寒かったり、時には雪が降ったりして気候に振り回されっぱなしのように感じますが、体調は大丈夫だったでしょうか。
京都はようやく桜が咲き揃い、春の陽気になりつつある日頃です。


まず、先日の定期検診の話を少し。
久々に先日は定期検診へと、主治医のドクターの元へ行ってまいりました。
そして、年に1回のMRIも撮影してきました。
相変わらず何度撮っても慣れはしませんが、無事終わりました。
ドクター曰わく「もちろん出血の跡は残っているけど、血管の様子から見ても悪くもなっていないし出血したあたりの血管も成長してなさそうやし、再発も恐らく無いやろうね」とのことで。
続けて、発症から3年経って、てんかんも含めて目立った事は起きてないし、大きな心配は無いとのことでホッとしました。

このような言葉を掛けてくれる先生がいて下さるのは心の助けになりますが、何よりも一番最初の時から知ってくれているからこそ患者にとってみれば嬉しいこと他ないのです。


さて、桜の季節。初めましてに新生活の季節でありますが、早いことで僕の大学生活も3年目に突入。
2年前のこの季節は、まだまだ外の世界に慣れていないのに大学生活を送るもんだからヘトヘトの毎日で。でも、必修や資格のためにフラフラになりながらも必死に単位を取った記憶が残っています。
更に、3年前のこの季節は病院の廊下から眼下に見える桜並木をずっと眺めていた記憶が鮮明に蘇ります。

そんな僕はと言いますと、昨年の夏休みには車の運転免許を取得。条件があり、まだまだ1人での運転は怖いですが、少しずつ練習を重ねています。

そして、今年の春休みの"1人立ち"は何かというと、まず病気をしてから初めて1人で電車に乗りました!
おまけにバスにも乗りました!
これ、自分で言うのも何ですが、実は凄いことなんです。
健常者や、乗ることが困難だという課題を抱えていない人からすると何でもないことだと思いますが、麻痺があったり、障害があったりする人からするとすごい事で、最初の症状からするとすごい進歩なんです。
と言いつつ、自分がその身になるまで本当にわからなかったものなんですが…。
この春休みで更に行動範囲が広がりましたが、電車に乗るときであれば、どのように乗れば乗りやすいか、降りるときにどこに座れば降りやすいか…など様々な動作ひとつひとつ行う上で、動く前に考えてから動くようになりました。始発から終点なら時間に余裕がありますが、途中駅ならどうするか…なども今まで考えもしなかったことも考えるようになりました。
僕自身、一見平地では歩くことや立っていることは出来るように見えても、いざ動こうとしても健常の人のように機敏には動けません。それが人ごみだと一層周囲からわかってもらいにくくなります。だからこそ、1人で出歩く時には危険のないように自分の判断で、可能な限りで動かなければならないわけです。

出来ることが増えても、『初心忘るべからず』じゃないですが、忘れないように安全に過ごしていきたいですね。

さて、大学生活も折り返し。
卒論に実習に国家試験対策に…と少しずつゴールが見えてきましたが、そのためにはより研鑽を積まなくてはなりません。
無理をしないように、最大限の努力をしていきたいと思います。
こんばんは、お久しぶりです!

とてもとてもお久しぶりです!突然寒くなったり、気候が不安定になったりと嫌な季節ですが、いかがお過ごしでしょうか。
僕はというものの、気候や気温などによって体調が左右されて・・・。よく言う「古傷が痛む」的な?笑

と、何とか生きていますが(大げさ)、前回の投稿からこれまでなにがあったかはまたということで。

今回は、タイトルの通り、「若年性脳卒中当事者の"課題"」。
この間の土曜日に、若年性脳卒中の当事者の方をはじめ、家族の方、更に支援をされている専門職の方々が、意見や情報を交換しようといった講演会とワークショップの催しがありました。

若年性というと、概ね10代から60代頃であります。といっても、日ごろ「若年性」とテレビ等で特集されたり、授業に出てくるのは少し年代が高めな気がして…。
少しドキワクしながら行くと、20代から50代に収まっているんじゃないの??というくらい、若年の方々がズラーッと。
失礼ながらも、「こんなにも世の中に若年性脳卒中の当事者の、年代のの方がいるんだぁ」と思ってしまいました(笑)

主なテーマは、若年性脳卒中の当事者の方々が直面する課題でした。
「若年性脳卒中」と一括りにしても、発症した病気も違えば症状も千差万別。本当に勉強になりました。

前半の講演は、「退院後の自宅でのリハビリテーション」といった内容でした。
一例ではありますが、脳卒中を発症すると、まず急性期とよばれる外科的治療や投薬治療などを行う、救急病院へと搬送されます。そして、その後2週間から1か月程度でリハビリテーション専門の回復期リハの病棟もしくは回復期病棟のある病院へと転院します。
回復期病棟での入院日数は症状によりますが、最大で180日(半年間)と制度によって定められ、退院日数は主治医の先生をはじめ、専門職の方々と患者・家族との連携によって決められます。(参照:一般社団法人回復期リハビリテーション病棟協会HP http://www.rehabili.jp/visitor.html)

しかし、退院した後はどうなるでしょうか。回復期病棟に入院中は、1日最大で3時間、加えて専門職による支援などによって、自主トレを含めて様々なことに取り組むことができますよね。それが退院すると、医療保険あれば、ガクンと時間(単位数)が下がるうえに、外来でリハビリをやっている病院なんて数少ない。その上、リハビリは介護保険に移行しつつあり(ポイント)、若年者の行き場は無いに等しいというのです。
僕も、経験から言うとまだ恵まれていた方ですが、本当に行き場がないです。それに、いざ40代以降であって、介護保険サービスの通所リハ(デイケア)を使うにしても、リハビリの提供の質が問題点として挙げられていました。

いざリハビリや自宅でのリハビリに取り組むことが出来ても、更に直面する課題があります。それは、若年だからこそ生じる問題であるわけですが、"就労"といった問題があります。
丁度、これから社会に出る、若しくは働き盛りだという年代が若年性の特徴だと思います。
後半は、そのような復職や就職といったことを中心に、若年性脳卒中の当事者やご家族の方、そして専門職の方が参加してのワークショップでありました。
たくさんの意見や情報が飛び交い、大いに盛り上がりました。話題としては、「回復期病院の退院後の生活について」や「在宅に帰ってみてこのようなことが困った」などがありました。退院してからも、継続的なリハビリだけでなく、例えば福祉用具などが上手く使えているかなどといった、在宅生活での専門的な支援の必要性も感じました。

特に、印象的であったのが心理面の変化です。当事者のみなさんはもちろんのこと、ご家族さんも、突然のことで多くの方が心理面に影響があったと語っておられました。僕自身、とても共感できたのが「受け容れる人にしかならない」と仰っていたご家族さんの言葉と、「なったものは仕方がない」と仰っていたご本人の言葉でした。
その言葉を見つけるに至るまでにはたくさんの壁を乗り越えてこられただろうし、長い過程を歩んでこられただろうと思います。だからこそ、その言葉は決して"あきらめ"のものではなく、"前向き"のものであると僕は思います。
僕自身も正直な所、当時意識があったと言えど、目が覚めたら何が何かわからないうちに手術が終わっていて、ICUに居て…ということもあり、それどころではありませんでした。その反面、"いい機会だ"と思い、前向きに過ごしてきました。もちろん、入院が長期にわたって、周囲は新生活など歩みだしているのに、自分自身何も変わらない日々を過ごしモヤモヤしていたこともありました。けれども、前向きに過ごすことで乗り越えることが出来たし、何よりも「なったものは仕方がないし、当事者の視点を学べる機会」とむしろプラスに捉えています!

また、復職された方のお話も聴かせて頂きましたが、やはり未だに"専門職からみた障害者"と"企業からみる障害者"に大きなギャップがある仰っていました。専門職の方々は、個別性を重視して接していますが、企業となると、"障害者"と一括りであるというのです。また、中には給与といった面では以前と変わらずに復職された方も居られましたが、「(作業速度は落ちてしまうのに)同じでいいのか」と悩むこともあり、今だから言える(このご時世ですから)と前置きした上で、少しでも追いつくために復職した当初、カードを切ってから残業をしたこともあると仰っていました。
このように、就労1つとっても、課題は多くあります。復職や就職と、ただサポートするだけでなく、社会はもちろんのこと、今学んでいる専門職の視点からみても、更なる変革が必要だと強く感じました。
他にも、社会が変えていくべき課題として専門職の方から意見があったのが「選挙の投票用紙」です。片手が動きにくい人からすると、あんなにも小さい紙にしかも台の上で書けなんて至難の業だと意見がありました。
実際、なってみないと、やってみないとわからないことが多い病気であるとは思います。けれども、なかなかそのようにはいかないと思います。だからこそ、皆が少しづつ視野を広げて、社会が変わっていけばなぁとも思いました。

今回参加して感じたことは、思った以上に活発にそれぞれの立場から課題や情報が挙がっていました。それを共有することで更なる支援や変革などに繋がることと思います。
参加してよかったです!