2016年6月9日(木)雨

 

                          広重   須原宿

広重の須原宿の絵は雨です。広重の場合はにわか雨の様子を描いていますが。私たちは本格的な雨の中をトコトコ歩きました。

 

須原宿の建物の前に水場があります。とても澄んだ水で飲むことができます。

冷たくて美味しい水です。

 

定勝寺1430年の創建で、木曽三大寺(木曽福島の興禅寺、長福寺)の一つです。

 

庫裡の上がり、庭、庫裡の中の掛け軸などのお寺の資料を丁寧に観ることができました。

外に出ると雨が降っています。広重の絵などに雨の風景があります。

雨の中を歩くのもいい体験だとトコトコ歩きましたが・・・。

雨がだんだんきつくなり・・・。それでも・・・。頑張りました・・・。

 

初めの頃はこのような恰好でしたが、雨がビニールの隙間から入ってくるので、

傘をさしました。靴が濡れ、靴下はびっしょりです。

 

岩出観音堂です。素敵な崖屋造りです。でも、登り口が雨で濡れていて上がることができませんでした。

 

                    広重    塩尻宿 急流は木曽川に注ぐ「伊奈川」です。

左の薄い山に岩出観音堂に続く階段と、岩出観音堂が描かれています。

 

 

国道をそれて、細い道を歩く時はいいのですが、国道を歩く時、車が激しく水しぶきを上げて通過します。その水しぶきを避けるのが大変でした。

 

「南寝覚め」です。上松宿の「目覚めの床」を意識してのネーミングですが、少し、無理があるような感じです。

でも南の山の斜面に薄日が差し込んでいます。

 

                広重  三波野

 

「雨が上がる」と喜びましたが、南木曽駅に近くになるにつれ、雨脚が強くなります。おまけに、少し道を間違えてしまい、駅の到着が遅れてしましました。

そして、そして私たちが「須原駅」までに乗るはずの電車は、すでに行ってしまっていました。

次の「奈良井方面」に行く電車は2時間後となります。

南木曽駅前にタクシーが止まっています。

「須原駅までタクシーで行くとおいくらでしょうか?」とおそろ、おそろ聞くと、

「須原駅までなら4000円だよ。」

2時間南木曽の駅で過ごすのは・・・・。雨の中を歩いてきたので、疲労が体のすみずみまで溜まっています。「清水の舞台から飛び降りる気分」で、

それではお願いします。とタクシーに乗り込みました。

 

タクシーは国道19号線を須原駅に向かって走ります。車と歩くのでは時間の経過が全くっ違います。でも、メーターが「ガチャ」と変わるのが気になります。たちまち「4000円」が近づきます。「とても4000円では春原までつかない。」と思った時・・・・。

運転手さんは「これからはサービスだよ」とメーターを倒してくれました。(そこから須原駅までだいぶありました。)

 

須原駅の小さな広場に私たちの車がありました。自分の車のハンドルを握った時、本当に「ホッ」としました。

 

 

 

 

 

 

2016年6月8日(木)晴

 5:00=起床

 5:30=木曽路に向かって出発!曇り空、雨が降らなければいいか?

 6:10=所沢 ICから高速道路に入る。圏央道に入り、八王子JCで中央道に入る。

 7:10=笹子トンネル笹子トンネルを越えると青い空が見え始める。

 7:30=双葉SAで朝食。この頃になると青い空が広がっています。

 8:55=伊奈ICで高速道路を降りる。

      道の駅「木曽福島」で「ほうば餅」、パンなどを買う

      中山道には食堂などはないだろうから、これらを昼食にするつもり

10:30=上松駅の駐車場に車を置いて、「トコトコ歩き」を始める。

 

「寝覚めの床」の入り口の建物、歴史を感じます。

赤いポストを右に曲がり、坂を下り「寝覚めの床」を目指します。

 

寝覚めの床とは?

「浦島太郎伝説」の最後。「龍宮城で乙姫様からもらった『玉手箱』を開けた場所が、この地である。」との伝説の場所です。

 

浦島太郎伝説は全国各地にいろいろな形で根付いています。

日本書紀、丹後国風土記、万葉集(巻9)、御伽草子、沖縄に伝わる話等々・・・・・・。

場所も全国各地に散らばっています。

 

そもそも

♪昔、昔。浦島は助けた亀に連れられて 

           竜宮城へ来てみれば 絵にもかけない美しさ♪

たくさんの人が知ってる、この歌も誰が作詞したか、作曲したかわかっていません。

 

本当に、不思議な、不思議なお話で面白いお話です。

乙姫様がいる「竜宮城」は「おのこ」であれば誰でも憧れる場所です。

そこへ行った「浦島太郎」が目を覚ました場所です。これは行かざるを得ません。

 

緑に萌える「臨川寺」の門をくぐり坂を下り坂の途中には、中央線が走っています。凸凹の石をよじ登り「太郎」が目を覚ました祠を目指しました。

 

強い、強い「執着心」がなければ太郎の祠にはたどり着けません。私たちは太郎の祠の手前まで行きましたが、たどり着くことができませんでした。(私たちには、この写真の撮影地まで来るのも大変でした。)

 

小野の滝

                広重   小野の滝  祠があり。奥には茶店もあったわけです。

現在の小野の滝です。昔に比べて規模が寂しくなっています。小さな祠があったのでその祠の前の木陰にシートを敷いて、道の駅で購入した「ほうば餅」「サンドイッチ」で昼食にしました。

 

木曽川にかかる、木造の吊橋がありました。「諸原橋」です。橋の上は車も通らず、とてもいい休憩所でした。

 

須原宿に入ると、それぞれの家の前に大きな木をくりぬいた水場があります。

「大きな木」と「豊富な水」どちらもこの地方では容易に手に入るものです。なんとも羨ましいことです。

 

明治の文豪「幸田露伴」は明治22年の冬木曽路を旅して須原宿に泊まります。

この時の縁で出世作「風流仏」を書きます。

物語は旅の若い仏師と須原宿で「花漬売り」の娘に出会います。小説は二人の出会いと恋の行方を書いています。

仏師は娘の姿を掘ります。像は娘になり、二人は抱きしめ合い、互いに手を携え天に登っていく・・。

なんとロマンチックな小説なのか・・・。後日、じっくりと読んでみたいと思います。

 

そんなこととは知らない私たちは、駅前の「花漬屋」(大和屋)さんで、アイスクリームを食べ「花漬け」を一瓶買って電車(中央本線)に乗って、上松駅まで行きました。線路の真下に、「寝覚めの床」、「小野の滝」がありますが電車ではよくわかりません。でも、「今日もよく歩いた」という実感を感じることができました。

 

須原駅ー倉本駅ー上松駅 駐車場で車に乗る。

 

上松駅から車に乗って、南木曽、妻籠、を通り今夜の宿「ホテル木曽路」に行きます。

 

ホテル木曽路はとても大きなホテルです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

木曽福島宿〜上松宿

2016年5月26日(木)晴

26日朝私たちの部屋から木曽福島の街の景色です。

 

快晴の中、木曽川を下り、上松を目指します。青い空に木曽の山々の新鮮な緑が輝きとても良い景色です。

 

木曽の桟(かけはし)

現在はアーチ型の橋の高さが道が中山道(国道19号)となっていますが、昔は水面近くに何本かの丸太を敷いて、そこを荷馬車、旅人が往来していました。大きな石に穴を開けて丸太を固定していました。写真の穴がそれです。

中山道の3大難所の一つでした。

 

かけはしや いのちをからむ 蔦かづら 芭蕉

 

かけはしや 水へとどかず 五月雨  子規

 

上松宿に近くなると、「御嶽海」(力士)のポスターがあちら、こちらに貼られています。「上松」出身の力士です。聞くと、この地方では幕内の力士が久しぶりに出たとのことで、とても盛り上がっています。どんなことでも地元は本当にありがたいものです。

 

上松駅から木曽福島駅まで電車に乗ってきました。私の車に乗り換えて、福島関所跡から木曽川の対岸に見えた「旧帝室林野局木曽支局庁舎」(白い洋館)と興禅寺に寄りました。

 

白い洋館は旧帝室林野局木曽支局庁舎で、皇室の御料林の管理をしていたところです。現在はこの地域の文化行事のために使われたり、この地方の歴史などの資料を展示しています。

 

トイレに入り、手を洗っていた時に隣にいらした人に、

「この手洗い場とても古いものなんでしょうね?」と聞くと・・・。

「そうですよ、これは昭和12年に作られたものです。時間がありましたら説明します。」と笑顔で話してくれます。

「もちろん、お願い致します。」

ということで、2階に案内され、この地方のことを詳しく聞くことができました。

 

  木曽のなー なかのりさん 木曽のなかのりさんは なんじゃらホイ 夏でも寒いヨイ ヨイ ヨイ

 

「なかのりさん」の説明も丁寧にしてもらえました。

 

「旧帝室林野局木曽支局」の「学芸員さん」の説明は的確で何も知らない私どもにも丁寧に接してくれました。

この人たちのことをを「ガン」だと言った安倍内閣の大臣がいます。

本当に、本当に許せない発言です。

 

興禅寺の「昇竜の庭」です。

 

15:00木曽福島出発・・・今まで歩いた中山道を「車」で通過しながら・・・。

            「こんな所、を歩いたんだ」、たくさんの道を通過したことを実感する。

18:00佐久平 ICから高速道路に入る。

19:30所沢IC

 

 

2016年5月25日(水)曇

JR木曽福島から電車に乗って、藪原駅まで行き、「トコトコ歩き」を始める。

 

藪原駅です。駅の公衆電話なんとも懐かしい風景です。

木祖村史跡「鳥居峠」登り口のポールがあります。

 

                   広重  宮ノ越

 

宮ノ越宿本陣跡です。

 

宮ノ越のスターは木曽の義仲です。義仲の後を必死に追い続けた「巴御前」の存在にとても深い興味を持ちました。「こんな夫婦がいたのか?」と、宮ノ越にある資料を見て思いました。

 

中山道の中間地点です。国道19号の中間点に比べシンプルです。寄る人もあまりいないみたいです。

遠くの山は木曽駒ケ岳(2956m)です。

 

やっとこさっとこ中山道を半分歩き通しました。

 

これも中山道にかかる「立派」な橋です。

 

木曽福島に入りました。

 

出尻の一里塚 なんともネーミングがいいです。江戸より69番目の一里塚です。

 

                              広重  福し満

板書前で土下座する旅人を描いている。

 

福島関所跡。碓氷、箱根、新居、「福島」天下の「四関」の一つです。

 

木曽川の対岸に、いわくありげな洋館、興禅寺の屋根が見え、この地が「深い歴史のある街」という印象です。

 

3:30に「つたや」に到着し、周りをじっくりと探索しました。

私たちの宿泊している「つたや」です。

 

木曽福島の駅です。

 

上の2枚の写真、私は全く動いていません。「つたや」は駅の前に建つりょかんなのです。

 

「つたや」の裏はこのようになっています。

私たちの部屋はうえから2F下です。

木曽富木島の街は「崖の上」と「崖の下」とでできている街なのです。

「東日本大震災」の時には上と下では揺れかたが違っていたようです。でも、どちらもしっかりとした地盤の上にあるということで、被害は少なかったようです。

 

夜の「つたや」です。

 

部屋から見た朝の景色

 

 


 

 

 

2016年5月24日(火)晴

                             英泉   奈良井宿

英泉の浮世絵を見ると「お六櫛」の看板がある。

現在お六櫛は「藪原宿」でのみ作られ、販売されています。でもこの時代(江戸時代)はこの地方のあちらこちらで作られ、名物として商われていたらしいのです。

この浮世絵は奈良井宿が描かれています。

 

この日も車で出発

 

5:08=家を出発

5:35=所沢ICから関越道

6:20〜6:40=上里SAで朝食

8:50=塩尻ICで高速道路を降りる。

    途中で前回(19日)に寄った「ハチミツや」が開いていたので、アカシア

    の大瓶を買う。

9:20=奈良井駅に到着  駅広場の駐車場(そんなに広くありません)に車を止

     める。(事前に駅の職員さんに了解を得ていました。)

 

前回の駅の様子とあまりにも違うので驚きました。

 

奈良井宿。朝、早かったせいか人がいなくてびっくりしました。

ここは国の「重要伝統的建造物群保存地区」に指定され、往時の面影をきちんと残しています。中山道の中では、940mと一番標高が高い宿場です。

 

石畳が始まり、鳥居峠(標高1197m)に入りました。木曽路の中では最大の難所と言われていました。

 

途中でカナダから来た家族連れの人と一緒になり、一緒に写真を撮ったりしました。

鳥居峠は外国の人たちに人気があり、出会った人はほとんどが外国から来た人でした。

栃の木の大木が日陰を作っていて、快適な山登りです。

 

深山という感じです。

 

          英泉 鳥居峠

 雲雀より うえにやすらふ 峠かな 芭蕉   遠くの山は御嶽山

 

 

藪原宿のお六櫛の「萬寿屋」さん

お六櫛は江戸時代はこの地方の名物の一つでした。作り手もたくさんいましたが、現在はこのお店だけで生産されています。お店に入ると、櫛を作っている職人さんがいらしたので、丁寧な説明を受けました。

「あとを継ぐ人がいません。」と寂しそうに言っていたのが印象に残ってしまいました。

「お六櫛」 「妻籠宿」の娘お六は頭痛に悩み「御嶽権現」に祈祷すると、

「ミネバリの木で櫛を作り、これで髪をすけば治るであろう」とのお告げがあった。

お告げの通り、櫛を作り髪を梳くと頭痛は完治した。以来この地方の櫛は「お六櫛」

と呼ばれ、妻籠の名産となりました。

ミネバリの木は藪原に豊富にあり、やがて藪原の名品となりました。

 

藪原駅に着き、奈良井駅まで電車に乗り、駅に止めてあった車に乗り、今日の宿泊地

「ホテル木曽路」に行くことにしました。

 

木曽川にかかる「木曽の大橋」

 

ホテル木曽路に行く途中にあった「中山道の中間地点」です。

 

今日の宿泊地は JR木曽福島駅前の「つたや」です。本格的和式旅館で、本当にお世話になりました。

たまたまこの日はお客があまり宿泊地しておらず、とても静かな環境で夕食をいただくことができました。

食事中、女将さんが挨拶に来てくださり、木曽福島地方の様々な興味のあるお話をしていただきました。しばらくして、大女将がいらして、街道(中山道)が賑やかな時のお話をしてくれました。そのうちに、」若旦那、旦那さん、娘さんも顔を見せてくださいました。

結局、「つたや」さんの家族全部の人と私たちはお話をしたことになるのです。

 

娘さんに、「若い人が旅館という厳しい仕事を続けることは大変なことだと思うよ、

大変だからこそ、頑張りな」と励ましの言葉を気持ちを込めて送りました。

とてもとても美味しく、楽しい夕食でした。