私は普段、部活は一切指導しません。
それは、過去にいろいろありまして。
すべてのことを今の指導者にお渡ししました。
今になって思えば、あの頃の私はまだ若くて、いっぱいいっぱいで、周りも見えなくて、表面だけ取り繕っていて、ダメな部分がいっぱいあった。
でも全てを部活に注いでいたのは確かだった。
でも結局いろんなことが重なってうまくいかなくて、退いた。
あの時の悔しさや憎しみは、きっと一生消えない。
あの時以来、私は吹奏楽というものが素直に受け入れられない。
だから、今のこの名前だけ責任者な立場は正直すごく辛い。
普段関与してないのに、何かあった時だけ責任取る要員。
部活は好きじゃないとできない、と、私は思う。
私はそこまで吹奏楽の世界独特の勝ち負けが好きになれなくて、もう休みのない生活を辞めたくて、仕事辞めるしかないな、と思ってた。
土日の部活が教師の仕事の絶対なら、私は教師には向いてない、ということになるかも。
だから「公立の採用試験受けたら?」と勧められても、部活やりたくないから受けたくない。と、思っちゃう。
まあいろいろ分析していくと、結局生徒の舞台裏を世話するよりも、自分が表に立ちたい気持ちがまだ強い、ってことなんだろうな。
ほんとに、部活と関わるとこうやって自分の醜い部分と対峙しなきゃいけなくなるから、いつも葛藤。
いつも苦しい。
管楽器やってる以上吹奏楽とは切っても切れないんだけど、いつかこのしんどさを乗り越えられる日が来るかなあ。
矛盾してるようだけど、本当は吹奏楽そのものは好き。
嫌なのは、当時の苦しい記憶を思い出してしまうことなんだ。
よその学校の指導なら、ストレスなくできるしな。
それが証拠か。
ふー。人生楽しいだけじゃないっすね。



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楽器のリペアのため、東京に行って来ました。
いつもお世話になる大学時代の友人の実家。
学生の頃、友人の家によく遊びに行きました。
遊びに行くうちにいつの間にか友人の弟も友達になりました。
弟の友達も友達になりました。
学生の頃はみんなで東京湾で夜釣りをしたり、夜中の埠頭でバドミントンしたり、できもしないスケボーをやろうとしてみたり、いろいろはちゃめちゃなことをして遊んだっけなあ。
懐かしい。
さすがに今はそんな遊びはしないけど、夜中の埠頭に来るとなんとも言えない変な感覚になります。
自分はちゃんと前に進めているのか?と自問したくなったり、ああもうこれ以上大人になりたくないと思ったり、この自由を手放したくないと思ったり、ここで時が止まればいいと思ったり。

こういうことを、いつまでできるだろう。
あと10年経っても、夜中の埠頭に来れるだろうか。
夜中の埠頭に行きたいと、思うんだろうか。
なんとなく、失った気持ちになる。
もういつまでも留まっていちゃいけないんだと、思ったりもするけど。

何如せん、東京にも帰る場所があって、いつも救われた気持ちになります。
ありがたや。
今度はだらだらと遊びに行こう。
東京及び東京近郊には会いたい人がいっっぱいいる。




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職場の後輩にもらったバスソルトで入浴中なう。

今日は、幼少期から中学校までピアノを習っていた地元の先生のところに、コンサートのチケットを届けに行った。
この先生が、言わば、私の音楽の源流です。
自分でやると決めたけど、プレッシャーで、と話す私に、こんな話をしてくれました。

コンサートは、生き様が出るのよ。
これまであなたがどんな人生を歩んできたのか、これからどんな人生を歩もうとしてるのか。
コンサートに出る時は、素裸なのよ。
ぜーんぶ出るの。
隠しようがないの。
だから、あなたがどんな人生を歩んできたのか、これからどんな風に歩んで行こうとしてるのか、そこを考えなさい。そうすればプレッシャーなんてないから。
今のあなたを出しなさい。
だってしょうがないじゃない、それが今のあなただもの。
譜面づら正しく吹こうとか、いい格好しようとか、そういうことに気を取られるからプレッシャーを感じるのよ。

ただしそれは完璧であろうとする者が考えていいことだけど。
こんなもんでいいや、と思う演奏は、伝わるのよ。
間違えないで吹くとか、正しく吹くとか、もう学生とは違うのだから、これからはコンサートの場でどういう風に伝えていくかが私達の勉強よね。
どんなに正しく完璧に吹いても、なーんかお客さんがアタマ痛くなっちゃう音楽ってあるのよね。
間違っても、音が出なくても、音がかすかすになっても、なんか今日の音楽良かったねーって言ってもらえる方がいいのよ。
それにはね、人生をどう出すかを考えなさい。

口調もだいたいこんな感じ。笑
はー、もう一生頭が上がりません。
不思議不思議、それまで感じていたプレッシャーが、すぅーっと、消えました。
もちろんゼロにはならない。
時間がうまく取れない中での演奏は恐怖もある。
だけど、目の前のことをなるべくベストに近付けるように日々生きてきての今だから。
無駄なことは一つもしてない。
それだけは胸を張って言えるから。
これが私の生き様です!





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本番が近くなると、いつも苛まれる、過去のトラウマ。

大学の時、試験で最下位だったことがある。
それまでの人生、中学校でも成績は上位、合唱コンクールではいつも伴奏者賞、高校も進学校、と、優等生だった私には耐えられない出来事。
しかも、練習をサボっていたわけではなく、毎日4時間の練習。
エチュードは門下のうちの誰よりも進み、試験前のリハではちゃんと吹けていたのに。
試験で緊張しすぎて唇が震え、曲の半分くらい音が出なかった。
その試験以降、毎度毎度そうなるようになってしまった。
人前で吹くのが怖くて仕方なくなった。
もう学校を辞めたかった。
親もいいと言ってくれたけど、他にやりたいこともなく、高校時代、音大受験だけを考えて過ごしていた私は勉強を全くしていなかったので、普通の大学に受かる自信がなかった。
1人暮らしのホームシックも相まって、精神的なバランスを崩してしまった。
仙台に逃げ帰り、実家で寝込む日々。
なんとか学校は続けたし、そんなことがありながらもがむしゃらに上だけを目指し続けたけど、頑張れば頑張るほど、嘲笑うかのように成績は落ちていった。
フルートなんて死ぬほど嫌いだった。

こんなに努力しているのだから、賞賛を浴びるような結果が付いてきて当然。
それなのに、なんだ、この有様は。
バイトしたり、楽しく遊んだりしてる同級生の方が成績がいいなんて、許せない。
もう私なんて生きてる価値もない。
そんな風に思う毎日。
惨めだった。
誰の慰めも励ましも耳に入らない。

とりあえず、大学を卒業することだけが目標。
東京に残るつもりだったけど、都落ち。

だから、大学時代は暗黒時代。
あんな大学選ばなきゃ良かった、と今でも思う。

それでもフルートを続けているのはなぜか。
それはもう、やめられないから。
やめようと何度も思った。
でも、自分の生活からなくすことができなかった。
しばしばブランクが空き、ブランクの後は下手くそな自分に腹が立ち、楽器を投げつけたくなる。
イライラしすぎて体調が悪くなることもある。
友人や後輩の活躍を妬ましく思い、その度に悩み、何を目指して続けいけばいいのかわからない。
そんなことの繰り返し。

震災の後大分価値観が変わって、前よりは気持ちが楽になったけど、今でも、そのどす黒い感情は度々やってくる。
そして、すっかりゆがんでしまったためか、楽器をやめたいと思ったことない人とは仲良くできない。
多分過去を引きずっているせい。

なんで苦しい思いをしてまで本番の機会を作るのか、自分にだって解りはしないけど、なんとなくやらなきゃいけない衝動にかられる。
私は楽しくないと物事を続けることができない。
だから、どうせやるなら楽しくやりたい。
練習はほとんど楽しくないけど、筋肉で覚えないと本番では使えない、ということもわかってきた今日この頃。
ダルクローズもそう言っている。
楽しく演奏して楽しく見て聞いてもらう。
それができた時の達成感のためだけに、やってるんだろうな。多分。

と、自分のための整理。



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昨日今日と、伴奏合わせ合宿3回目。
今日は食事の時間を除いて、ずーっと合わせ。
ちなみに仕事は有休とった。
昨日ICレコーダーも購入し、録音してチェックして、自分の下手さにへこみながらも頑張ってます。
でも録音するとやっぱり良い。
思ってるのと全然違うから。
客観的に聞くことができる。
本番が近くなるとナーバスになってくるのは多分みんな同じ。
伴奏者とお互いイライラしたりしながらなんとかやってる感じ。
正直つらい。
真っ当に音楽と向き合ってる人からすると、私は多分邪道で異端児だけど、人にはいろんな環境があるからね。
練習時間が取れないとか、テクニックが伴わないとか、コンプレックスは多々ある上に過去のトラウマがムキムキ出てきたりしてほんと厄介だけど、いろいろ諦めたり自分をおだてたり慰めたりしてます。
何を気にしても悩んでも仕方ない。
やるしかないのだ。
本番までに息圧がもうちょっと上がるといいな。
もうとにかくひたすら練習するのみです。



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