自信がない。
子供の頃からずっと、自己肯定感が低い。
原因は、持って生まれた性質なのか育った環境なのか。
自己肯定感て、最近流行り出した言葉のような気がします。
自信があればそりゃあ本人は落ち込みもせず日々Happyに満ち満ちているでしょうけれど、そういう人が、ない人に対して闇雲に
「自信を持たないと!」とか「そんなんじゃダメよ!」
とかいうのは無意味と思います(ただし、愛と礼儀が伝わる言葉かけならば嬉しい励ましです😊)。
他人に指摘され自分でその通りに思い込んで自信が持てるなら、苦労はないです。
そもそも自信てどうしたら持てるのでしょうか。
例えば私自身のことを考えてみると。
次の本番で歌う曲のことについて調べていると、未だに知らないことばかり。
どんなに調べても、今までの半世紀サボって生きてきたことが次々露呈して、半ば絶望的になりながら、できるところまでやって時間切れで終わるのです。
言い訳だけど、一応主婦でもあるので家事もしなければならないし、今はばあちゃんたちの世話も忙しい![]()
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なので、常に中途半端。
表面的なことはWiki様が教えてくれるが、その中の一つ一つを追っていくと、すぐに迷子。あと100年あっても勉強しきれない。
やればやるほど自分の不真面目さや物覚えの悪さ、いい加減さを突きつけられるのです。
これで自信持っていたら、そっちのほうがおかしい。
じゃあコツコツやれば?て話だけど、確かにコツコツできていたら今こんなに阿呆ではないはずですが、完璧になんて一生なれないような気がします。
それに、今出来ていても、歳をとると覚えも悪くなるし忘れるし、出来ていたことが出来なくなってきます。
もちろん死ぬまでずっとしっかりされている方もいらっしゃるでしょうけれど、やはり少しずつ衰えてはいきます。
歌だって楽器だって、筋肉が衰えれば若い時のような演奏はできません。(若い時の演奏が良いというわけではありませんが)
なので、今に誇りを持てるようにその人なりの努力をすれば良いし、それしかないのだけど、それと自信は少し違う気がします。
自信て一体何なのでしょうね...
少し前、初めて会った方に
「自虐が趣味なの?」
と言われました。
ああ、そういうふうに思われるのね。
この人はご自分に自信があるのだな。
だから私の言葉が私の意味で伝わらなかったのだろうな。
でも私が、そう取られる物言いをしていたのだろうから、言葉には気をつけなければいけません。有難し。
そして自信があるなしは、前述したように、性質や考え方、育ち方の違いによるだろうからどっちでも良いけれど、自分と違うからと否定的な言葉を投げるのは相手の人生を否定することに繋がるし、そんなつもりで言っていなくても誤解を与えることになるかもしれないと、改めて肝に銘じました。
大人ですから、気に入らなかったらそっと離れれば良いのです。
自信がない同志の方々。
お釈迦様は、自分に自信を持てなんて説いたことは一度だってありません。
むしろ、自分を疑え、ではないかと。
大愚和尚によれば、自信ではなく「明確さ」を追求すべしとのこと。
「解る、判る」ことにより、不安が少しでも軽減される。
これは真理。納得。
根拠のない自信は、あっても良いかもしれないけれど、ないからと言って他人に攻められる類のものでは決してない。(ここには自信あり
)
自信なんていらない。ましてや他人にマウント取りたくなるような自信が必要とは思えない。
感謝や愛があれば十分。
なんてエラソウに書いてるのは、やっぱり自信がないからだよね![]()
だって、自信があったらわざわざこんなこと書こうと思わない。
同じ気持ちの人がどこかにいてくれたら、少しは自信持てるんだけど![]()