先月のこととなってしまいましたが
今年の春のお彼岸には
久しぶりにたくさんぼた餅を作りました
年に2回のお彼岸で思い出すのは
30〜40年前の実家の風景です
この日は
朝まだ暗いうちから母がぼた餅を大量に作ります
雨戸も半分くらいしか開けずに作り始めるので
陽が昇っても部屋は薄暗く
家の空気は険悪さMAXで
忘れたくとも忘れられない嫌な日のうちの一日です
この日が来ると未だに
あのいやーな空気とともに
大量に並んだぼた餅を思い出し
無性にお腹いっぱい食べたくなります
「嫌な日のうちの一日」
ということはもちろん
他にも嫌な日がたくさんあったということで
まあそれは機会があればご紹介するとして![]()
母がぼた餅(秋はお萩)を作るとなると
社員寮の食堂にあるような
大きな銀色のトレイに丸二つ分以上
個数にしたらおそらく40〜50個以上(もっと?)
大きさはこぶし大
つまりやたらと大きく可愛くないものが
ずらっと並びます
前夜から小豆を炊き大量のあんこを作り
朝は餅米を蒸し
炊飯器でも炊き
手を火傷しながらぼた餅を作っていきます
機嫌の悪い母の隣で
山と積まれた餡と次々蒸しあがる餅米と格闘すること数時間(にも感じられました)
全部仕立てあげた頃には疲れ果てて
ぼた餅なんぞは見たくもなくなっています
今度はそれをタッパーに詰めて
お墓に出かけます
お墓は家から二時間以上かかります
やっとこさ到着するやいなや墓掃除
非働き者集団である家族の墓参りは
ずばり
楽しくないです![]()
そもそも母の機嫌が
朝からずっと
MAX悪い![]()
母の顔色を見ながら雑草を抜き
墓石をタワシで擦り
お花を飾り線香を立てぼた餅を供えます
終始母の機嫌を伺いながら
なんとか掃除を終わらせて
事務所棟の休憩室に戻り
タッパーのぼた餅をみんなで食べます
美味しいのか不味いのか全く覚えていないけど
とにかく食べます
家に帰ってもまだ大量にぼた餅があるし
このタッパーのぼた餅を家に持ち帰ったら
なぜか酷く色褪せて
味も変わっていることを知っているので
とにかく食べまくります
それにしてもなぜいつも母は
こんなにたくさん持ってくるんだ?
どう考えても食べ切れる量ではないだろう
などと考えてはいけないことも知っています
食べないとさらに母の機嫌が悪くなるので
タッパーがカラになり意識がなくなる寸前まで
食べます
そしてまた二時間超かけて帰宅します
スゴイのは
誰も帰り道に気分が悪くならなかったこと
食べすぎで気分が多少悪くなっても
母の機嫌を損ねないことのほうが大事でした
帰り着くと
母は早朝からのぼた餅作りと墓参りで疲れ果て
営業終了
既に夕飯時で
今日は一日ぼた餅を食べる日なのよ![]()
とぴしゃり
それが我が家の母ルールなのか
全国的な決まりなのかは(いやそれはないな)
知りませんが
機嫌の悪い母の言うことは絶対です
子ども心になんとなく
ぼた餅を作る日は一日ぼた餅を食べる
食べても食べてもまだまだ食べる
と刷り込まれてしまいました
その後私は結婚して家を出て
お彼岸を迎えると
子どもが小さかったり仕事があったりした時は
大量に作ることはしませんでしたが
ゆとりがあるとつい
たくさんぼた餅を作りたくなってしまいます
いえ
キモチワルくなるまで食べたくなってしまいます
今年のお彼岸は
張り切ってぼた餅を作り始めたら
義母が近所の餅菓子屋さんでたくさん買ってきてくれました
なので作りながらいただきました
やはりお店のものは
美味しいけど少し味が濃いので
たくさんは食べられません
そして何十年ぶりかに
たぶん一日では食べられないほどのぼた餅を作りました
母が作ったような可愛くないワラジ餅ではなく
小さな子のこぶしくらいの可愛いぼた餅ちゃんです![]()
何個食べたかは覚えていませんが
良い子の私は
食事はちゃんと作って
おやつやデザートにぼた餅を食べました
手作りぼた餅は
どうしてこんなにたくさん食べられるのかなあ
そして
どうして母はあんなに機嫌が悪かったのかなあ
疲れて楽しくないのに
どうしてあんなにたくさん作ったのかなあ
翌日実家のコブタに持っていったら
すごく喜んで
一瞬で食べてくれました
(一瞬すぎて驚いたけど
)
コブタは
自分で作るより
誰かに作ってもらう方が嬉しいのね
若い頃は
使命感とか慣習とか慣例とかに
縛られて頑張っていたんだろうなあ
子どもの頃
機嫌の良い他所のお母さんが羨ましかったけど
それでもこれだけ印象深いのは
存在感を強烈に植え付けられた
てことなのよね
コブタには昔から
ヤラレっぱなしだわあ![]()
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ごまが好き![]()
