最近娘によく
お父さんとお母さんてすごいよね
と言われます

娘にしたら
父母の不快な言動を子の自分は許せないのに
当人たちはお互いに許すことはなくとも何とか破綻せずにやっていることに
人間関係の奥深さを感じるようです笑い泣き


夫は涙もろく
年末も佐渡裕さんの一万人の第九のドキュメンタリーを観ながら
泣いていました

私ももちろん
第九には学生時代の思い出もたくさんあるし
この一年歌に携わる者として味わった苦しみも含め
込み上げる思いがありましたが

夫は昔から
朝ドラでも映画でも
泣いてくださいとばかりに作られているものを観るとまんまとすぐに泣きます

私は実家にいたとき
たとえ家族の前であっても
人前で泣くことはよほどでない限り出来なかったし
両親が泣くところは一度も見たことがありませんでした

幼稚園や小学校の頃
他の女の子はすぐに男児に泣かされていたけれど
私はどんな嫌がらせをされても泣かなかったので
しつこくしつこく嫌がらせをされて
男が大嫌いになりました
本当は泣きたいのに泣けず
怒りに置き替えて自分を諌めていたのです

中学校では周りに男が居ない日々を過ごしたくて
女子校入学を目指して受験を決意しました

ですが憧れのミッションスクールに見学に行った時
美しく清潔に整えられた学内の空気は
田舎育ちの私には重たく息苦しかったのです

あんなに憧れていた学校だったのに
一緒に来てくれた父に
ここは暗くて嫌だと断じて
僅か数分で踵を返しました

ミッション贔屓の父はがっかりしつつ
そこからほど近い共学校は
無宗教だけどとても良い先生方のいる学校だからと
連れて行ってくれました

男がいるなら絶対受験はしないと思いつつ
父の顔を立てるつもりでまあいいかと付き従い
その学校の正門前に立った時
その奥に広がる空気の明るく軽やかなことと言ったら!

その場で

お父さん、私この学校に来る照れ!!

と言い放ちました
(学力は到底足りず、生徒の三分のニは男なのに!)
あの時は不思議なくらい
「ここに通う」(「通いたい」ではなく)
と確信したのを今でも覚えています

驚愕のまぐれ当たりで入ったその学校に入学してすぐ
中学一年で同じクラスになったのが
今の夫です

夫はというと
受験当日にオタフク風邪になり
保健室で受験しました(おそらく本来なら受験出来なかったはずが事務の手違いで通してもらったらしい)
第一志望校受験日はその後だったので受験出来ず
この学校に入学することになりました

まさか中1から付き合っていたわけではありません
高校を卒業しても
結婚するなんて思いもしませんでした

ホントに人生って面白いです

彼と結婚して25年+
今は朝ドラでも映画でも音楽でも
少し我慢はするけど普通に泣くようになりました
娘には

おかーさんまた泣いてるゲラゲラ

と言われます
(歳のせいかもしれませんが爆笑)


気付けば
実家で両親と共に暮らしていた年月より
夫と暮らす年月が長くなり
義父母と暮らす年月はもうすぐ実父母とのそれを超えます

血の繋がりが無いぶん
実父母よりも義父母のことの方が
冷静に理解出来るように思います

良いところはもちろん共感できないところも
実父母よりも明確に感謝出来るのは
他人であることの強味です

関係性がどうあれ
一人の人間の人生に長く関わることは
自分の人生もその人を通して客観視出来るということで
何にも勝る教科書であるように思います


年老いて一人になった母をめぐり
共に育ったきょうだいとまた密に接するようになり
良きも悪しきも生い立ちの呪縛を改めて感じます

その上で
それぞれが大人になり違った環境で得たものが
こんなにも違う価値観や感覚を生み出し
変わるもの変わらないもの変われないものが
明らかになるにつけ
縁の不思議を覚えます