木々の葉が色付き
落ち葉掃除に明け暮れる日々
寒さとGO TOとコロナ慣れとあれこれとで
新型コロナの感染者も増えてきました
ここ数日は季節が逆戻りして暑いくらいです
気温と気圧の変化で昨日から頭痛が酷く
夜中は軽い吐き気で目覚めて
娘の大事な試験が目前なのに
体調不良とか風邪とかコロナなんてとんでもない
と気合いを入れ直して起きた朝
ヤカンを火にかけてからシャッターを開けると
朝焼けが美しく
思わずベランダに出て深呼吸
お湯が沸くまで刻々変わる空を見ていたら
息子が起きてきて
きれいだねえ
二人並んで暫し空を見上げます
こういう時に居合わせるのは決まって息子です
言葉ではなく波動は理屈なしに確信として降ってきます
息子は私に似てしまった
娘はまた違った感性を持っていて
同じ場所に居合わせても
視座が違うので違った波動でその場に居ます
そもそもこのように魂を掴まれるような時に居合わせることはあまりありません
不思議ですね
私は母とも感性が違います
母は若い頃から友達が多くて
一般的には優しい人と思われていたようです
父は理屈屋で頑固で
言わなくても良い余計なことを平気で口にするので
友達は少なかったと思います
それほど友を求めていなかったのかもしれません
ですが話をすると父の方がしっくりいきました
父は言葉で表現できない感情の置き処を知っていたように思います
心から面倒な父だったけれど
深いところで話は通じていました
肺炎で息苦しく声も出せなかった入院時も
正気か狂気か定かではないけれど
家族のことをずっと心配して
子や孫のことを私にあれこれ聞いたり指図したり
遺言をたくさん遺しました
母ももちろんいつも家族の心配はしているけれど
父のような種類の心配ではありません
世間体が良く世間一般の価値観での普通に幸せな人生を歩くことが人としてのあるべき姿と疑わず
母の子育て期には進歩的だった考え方に基づいた
判で押したような内容の心配です
父は昭和のオヤジではありましたが
結局いつも普遍的なことを伝えようとしていました
母は母自身が時代そのもの
であるなあと思います
ある意味俗物
若い頃はわからなかったけれど
歳を重ねると親の性質も見えてきます
善悪でも正誤でも好き嫌いでもなく
母から生まれたのに母とは遠く感じます
縁とは面白いものです
子は親を選んで生まれると言うけれど
私はこの両親から何を学ぶために生まれたのかを
最近よく考えます
そして子どもたちは私から何を学ぶためにやって来たのでしょうか
両親にとても感謝はしていますが
尊敬する人は両親である
などと思ったことは残念ながらありません
(もちろん部分的にはとても尊敬していますが)
それもきっと巡り合わせで
私の両親は子からそう思われなくても良いと思う人だと思います
でも
世界で一番親を尊敬していると堂々と言える人は
そういう親になりたいと努力するだろうと思うと
それもとても素敵なことだと思います
親子も家族も師も友人知人も
人生で関わる人とは何かしらのご縁があり
出逢う理由があるのだと思います
こんなふうに思えることは
私がそれなりに幸せに育ったからだと思います
偶然の境遇ですが本当に有難いです
自分の子育て哲学を信じ切っている母と話していると
父に対するとは全く違う感覚で
母が一生懸命築いて守ってきた世界を愛しいと思います
母の老化もさることながら
ワタシ自身も歳を実感…
