横浜の山下公園に係留されている貨客船「氷川丸」は、
1930年に誕生しました。

 

日本と米シアトルを結び、60年までの約30年間で、
太平洋横断は250回を超えました。


 

日米交流の動脈を担うが、太平洋戦争で航路休止。
 

病院船等に役割を変えた後、
シアトル航路に復帰したのは53年でした。

 

そこに乗船していたのが第1回のフルブライト留学生。
 

米国の上院議員フルブライトが考案した
交換留学制度を活用して、
7年間で約2500人の青年が氷川丸で海を渡りました。


 

フルブライトが若者の留学を支援する法案を
提出したきっかけは広島・長崎への原爆投下でした。

 

相手の言葉を話し、歴史や文化を知り、
人々と友情を育む。

 

それが、核兵器など二度と使わない時代をつくると、
彼は考えました。



 

人と人が心を結ぶ。
 

その友情の糸が幾重にも重なり合って、太い束になる。
 

それが国家間の友好の基盤をつくる。

 

国連事務次長を務めた明石康氏は、
氷川丸に乗船して米国へ留学した一人。

 

氏は社会変革のためには
「たくましい精神」が大切と語りました。

 

平和と安穏を築く挑戦を、不屈の精神で貫こう。

 

 

 

 

 


「言葉のちから」を信じて明るく、元気に。

ウキウキ、ワクワク、過去への拘りを捨てましょう。
過去への拘りを捨てて、未来を見つめて前に進みましょう。

そして、新しい自分を発見し、充実の人生を歩みましょう。
大丈夫!大丈夫!