今朝の産経新聞のX(旧ツイッター)に次のような投稿がありました。


民間の常識ない自民党 企業不祥事なら「原因」「経緯」「再発防止策」明示が当然 安積明子


確かに自民党に常識は無いでしょう、


しかし、


常識が無いのは自民党に限らず与野党も含めて常識の無い国会議員は多いものであり、


更にはメディア、教育、経済などなど日本の多くの人に常識は無いのが実情です。


僕は以前に、


日本の常識は世界の非常識、世界の常識は未来の非常識と書いたのを覚えているでしょうか?


それに、


皆さんの多くが「常識」と思っていることの多くは、


本当は非常識な事が多く、それだけ「常識」に対する思い込みや捉え方は人それぞれです。


例えば皆さんは「自由」という言葉をどのように理解していますか?


多くの人は「自由とは、自分の好きなように振る舞うこと」と考えていませんか?


周りの何事にも束縛されず、


自分の思いのままに発言できて行動できる事が自由だと思っていませんか?


僕がこれまでに出会った多くの人や子どもたちは、


そのように答えていました。


また、


マスメディアなど言論界の多くの人も「言論の自由」や「報道の自由」を履き違えているのもそうですね。


つまり「自由とは、周りに束縛されず振る舞える」事が常識と捉えている人が多いようですが、


それ自体が非常識なことであることを知らなければなりません。


また、


多くの人が、「権利」を主張するのは常識と思っているでしょうけど、


「権利」には「責任」や「義務」も付随して言える事ですよね。


他にも身近なことでは沢山ありますが、


昔は、「夜寝る時に北枕で寝るのは良くない」が常識だったようですが、


僕がブログ等で「北枕で寝るのは健康に良い」と書いたり人に伝えているうちに、


メディアでもそのように聞くようになりました。


つまり、


「常識」というのは個人や国、または時代などによって変わるようですね。


他にも探せば、


身近には多くの非常識があるものです。


ですから僕は昔から、


「常識」という言葉は好きではなくあまり使いませんでした。


ましてや虚偽報道を行うようなメディアで言われる「常識」など、


日本のメディア自体が世界のメディアからすれば「非常識」ですからね。


何れにしても、


私たち一人一人が「常識」と「非常識」の区別がつくようにならなければなりませんね。


またまた話が長くなりましたが、


今後もボチボチ書かせていただきます。