この世には、


私たち人間だけではなく、


大自然があり植物がありあらゆる生き物もいます。


その中で、


文化を持ち歴史の中心となっているのは、


長年の歴史の中で私たち人間だけです。


それはなぜでしょうか?


もし、


私たち人間の存在が「進化論」で説かれているような存在であれば、


どこかで私たち人間ではなく、


他の生き物が何らかの突然変異で進化し、


私たち人間がその生き物たちのペット等になったかもしれませんね。


しかし、


これまでの長い歴史の中心となってきたのは、


私たち人間以外になにものもいません。


だとすれば、


私たち人間の存在は必然的に「進化論」だけでは説明できないものです。


そしてその「進化論」に対するもう1つの理論が、


聖書に記されている「創造論」ですね。


「創造論」とは、


神様が地球から森羅万象を創造し、


6日目に人を創造されたということですね。


最先端の科学では既に結論が出ておりますが、


私たち人間の存在には目的があり、


「進化論」と「創造論」の両方が関わっていることが明らかになっております。


聖書では地球誕生から人間の存在まで6日と記されていますが、


これを現在の6日間と捉えるとおかしくなりますね。


しかしこれを科学的に解けば、


この6日というのは地球誕生から人間の存在までの期間が6日ではなく6段階という事が解っています。


一方で長年の人類歴史の中で、


地球の中心で歴史を発展させてきたのは人間だけです。


これはほんの一部ですが、


まだまだ他にも多くの真実はあります。


ところで現代社会では、


「民主主義」と「共産主義」に二分された思想のもとに世界は大きく別れ、


お互いの主張のもとに争っています。


この日本でもそれが、


最近急激に明るみに出る出てきましたね。


僅かな知識や経験の中でお互いが争っていますが、


両者ともまだまだ人間として未熟なものです。


自我に芽生えた5歳児たちが、


お互いの未熟な知識をフルに活用して主張をぶつけ合い、


お互いが仲良くできずに喧嘩してる他愛も無い事をしているのです。


大人から見ればそのように見えても、


当事者である5歳児たちからは、


真剣勝負になるんですね。


子どもが振り回した棒で相手が怪我したり、


投げつけた石で相手が命を落としたり、


権利ばかりを振りかざして相手を罵る。


時が過ぎて成長すれば、


本当に愚かな事をしているのですが、


未熟な5歳児ではまだそのことは理解できないのが実情です。


そのような現代社会は、


これまでの歴史に終わりを告げる事になりますが、


一部の正しく善にいきる人たちがこれから成長し、


本当の人類の歴史の始まりを迎えることとなります。


ですから、


これから起きてくるあらゆる事象が、


多くの人には「地獄」または「人類滅亡」のように取れるでしょうけど、


人間として成長していく一部の人達には「平和世界の実現」そして「永遠の愛幸福」を得ることが出来る「希望」の訪れとなります。


日本が無くなっても、


人類の歴史はこれからが本当の始まりとなります。


今後も皆様が、


あらゆる危機から命を守られ、


健康と安全が守られますよう願っております。