
今日の空は曇り空ですが、
その曇り空にくっきりとそびえるこの木、
この写真には意味がありますが、それは何でしょうか。
皆さんは、
この写真から何が読み取れるでしょうか?
じつはこの写真には、
木の枝と木の葉しか写っていませんね。
じつはこれが、
いまの日本社会です。
枝は個人と関わりのある友人や友達などの小集団であり、
木の葉はその小集団に属する個人個人です。
そしてその枯れたり虫に食われた木の葉は罪を犯した個人を表し、
枯れた木の枝は、小集団の犯罪グループ等です。
緑の葉は健全な普通の人ですが、罪を犯した人は枯れたり、虫に食われた葉になります。
そうすると管理者は、
その枯れたり虫に食われた木の葉を除去することに力を注ぎます。
ですから虫はまた、
他の枝や葉を求めて移動するのです。
それからまた、
悪いことに日本には、「臭いものには蓋をしろ」という言葉があるように、
虫に食われたり、枯れた木の葉を見映えが悪いからと言って袋を被せてしまいます。
しかし、
腐った枝や木の葉を一つ一つ処理するだけでは切りがありません。
その木の幹や、
根本的な木の根っこの大本へ入らない限り、
いつまでも問題が解決出来なかったり、犯罪を無くしていくことが出来ないのです。
この事はむかし、
鳴門教育大学で行われた日本教育学会大会で発表させて頂いたのですが、
その場にいた先生方の中で、
本気で僕の話を整理されていたのは2、3名くらいだったと思います。
この時の僕の話は、
少年の非行や犯罪防止について、
このようにあらゆる問題を木に例えてお話しさせていただきました。
ですが後々に考えてみれば、
その頃に予想していたように、今になって水面下のあらゆる問題が浮上して来ていますね。
では、
木の幹とは、根っことは何でしょうか。
木の幹とは義務教育を行う学校の事であり、
木の根っことは、人間社会の最小集団であり、人間社会への出発点である家庭です。
家庭で正しい愛情と、知識と、技術をもって育てられた子どもは、
外で少々な問題に遭ってもくじけず、負けず、正しく成長しようとします。
さして学校でも、
先生が正しい知識と技術と愛情をもって教育をすれば、
多少家庭で問題があったとしても子どもたちは立ち直ることが出来ますし、少し頑張れば家庭を応援することも出来ます。
僕でさえ、
塾での短い時間しか子どもたちに接することは出来なかったのですが、
家庭訪問や学校訪問などを通して子どもたちや家庭の支援をすることが出来ました。
ましてや、学校で出来ないはずはありません。何故なら、既に実践している先生もいるからです。
これからみんなで、
緑輝く、自然豊かなしゃかいになるように頑張りましょう。