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昨日、関東学連が日大アメフトの処分を発表されましたが、
前回の至学館大学のレスリングに関する問題や、今回の日大アメフトにおける問題を通して、
大学における様々な問題の新たな一面が露になったのではないかと思います。
例えば、
大学におけるスポーツ及び文化部と学問の関係や、
其々の責任者の稚拙で無責任な発言、対応等々です。
しかしこれら一連の大学に関する問題は、
僕から見れ「やっぱりなぁ」と、思うような事ばかりであり、尚且つまだまだ水面下の問題は沢山あります。
それというのも、
むかし僕も日本学術会議の中のある部会に参加しておりましたが、
「流石は大学教授(専門家)だなあ」「流石は先生だ」
と、思えるような人にはほとんど会えませんでした。
僕の認める優秀な先生方は、
何故か大学や学会、それにマスコミ等から阻害されているように思えました。
これを証明するような事は、
ノーベル賞を受賞された先生方の発言にもありましたし、
理研の問題の時にもありました。
また、
日本には昔から、「出る釘は打たれる」という言葉がありますように、
優秀な人材はなかなか認めてもらえないのが、
今の日本社会のあらゆる問題を作り出す一因でもあることは明白です。
更には、
今回の日大アメフト問題でも明らかなように、
「学問」と「スポーツ、文化」の切り離しの問題、
これは一般社会でも大いにしてあることです。
一例を挙げれば、
宗教活動のなかでは素晴らしいことを発言したり実践をするものの、
家庭、日常生活へ戻ると、宗教で学んだことが活かされていないという現実があります。
他に子育てでもそうですね、
「優秀な成績を修めて、優秀な高校、大学を出て一流の企業に入りなさい」
という、いまだにこの迷信を信じている人もいるようです。
本当に優秀な人材は、
学問だけでは育たないことを今回の日大の問題や東大卒業者の不祥事や犯罪でも明らかですよね。
学問、文化、スポーツの関連性と正しい教育について、
もう一度根本から見直さなければならないというのが、これまでの僕の意見です。
では、この「正しい」というのは、何を基準にすれば良いでしょうか。
その事はこれまでにも少し書いてきましたが、
これからも、書いていくつもりです。
「信じるものは救われる」ではありませんが、
今後の皆さま方の正しい判断に期待して、これからも、宜しくお願い致します。