元々、確かにメグミの事は嫌いじゃなかった。
逆に、今までの彼女の素振りからは『想われてる』なんて考えた事は今までなかったから、
これから、どうメグミと関わっていけばいいんだろうと少し困惑した。
ヒロの言うとおり、本来ならここは僕が動かないといけないんだろうけど。
「じゃあ、今日はこの辺で帰るよ。メグミには私からも言っとくけど、頼んだよ、まっく」
ヒロは最後に僕に一言、釘を刺して去って行った。
時計は土曜日の早朝5時過ぎになって、外は白々と朝日が昇り始めていた。
僕は動揺してはいたけど、
嬉しいような恥ずかしいような、何とも言えない気持ちのままベットにもぐり込んだ。
それからしばらくの間、僕はメグミとどう接していのわからなかった。
メグミと電話で話す事も前と同様にあったんだけど、
かかってくるのはいつも彼女からで、話の内容も何だか僕は舞い上がってると言うか、
何話してるんだか覚えていない有様。
ヒロはきっと僕の情報をあれこれとメグミに話してるんだろうし、
僕は何をすべきなんだろう、って。
男ならガ~っと行けばいいのに。
「メグミが『この前まっくから電話かかってきた』って言ってたよ。上手くいってるんやね」
大学の前でヒロに会うたびにそんな事言われた。
いや、僕からかけた事は一度もないんだけど。
あの日、ヒロが『あの話』をして以来。
ある日、リョウ君やシンちゃんと色々話してる時にたまたま恋愛の話になって
「ちょっと聞いてほしいんやけど、『自分から電話してきてるのに相手から電話もらったっていう女の子』がおるとするやろ、
そういう娘ってどういう気持ちでそれ言うてるんやろ?この場合男はどう言う風に接したらええと思う?」
僕がそう聞いたら
「こいつ、また難しいこと言い出したな」
リョウ君は笑ってたけど、
「そりゃ、男がガンガン行かなあかんやろ。それは(相手に)思われてるんやで」
その一言で話が片付けられてしまった。
珍しくシンちゃんも同じ意見だった。
まさか『その男』と言うのが僕だとはリョウ君も思ってなかったみたいで、
また漫画や小説のネタにでもするつもりなんだろって感じだったんだと思う。
リョウ君に言われたからってわけでもないけど
ある日僕は思い切ってメグミに電話をかけた。
「電話で話すのもいいけど、これからは会って遊びに行ったり飯食いに行ったりする?」
「うん」
あっさりしたものだった。
よく考えたら今まで一回として二人で会った事はなかった。
いつもヒロがいたりして複数人で会ってたから。
だから始めは本当にお見合いの席みたいに堅くなっててぎこちなかったけど
次第にそういう壁も取り払われていった。
まあ何よりもメグミの性格の良さ、それが唯一にして最大の理由だった。
僕もフラフラした私生活を改めて、随分いい奴になったと思う。
それもメグミの影響だった。
かなり偏見的な思い込みであるのを恐れずに言うなら、
今までは看護師さんってちょっとヤンキーぽくってお色気的なイメージを持ってたけど、
メグミは見た目の派手さに比べると性格は地味で一歩引いた感じがしてた。
派手って言ってもメイクとか服じゃなくて顔の作りが、ね。
「付き合ってください」
みたいな事は結局一回も言わなかった。
いつを境に付き合い始めたとか、そういうので関係を区切ってしまうのは嫌だったから。
こんな感じで初めて会ってから半年以上かかって
僕とメグミはようやくここまで辿り着いた。
それからはお互い気兼ねするようなこともなかったし、
下宿の連中と同じようにお互い好きな事言い合ってストレスもなかった。
いつでも一緒にいるって訳でもないけど、
いわゆる「スープの冷めない距離」みたいなのを保っていた。
元々メグミは看護師さんになるために看護学校に行ってるわけだから、
実習で病院に行く機会も多かったし、彼女の夢を尊重するのが一番だと僕は思っていた。
僕のように
「今日は寒いから学校サボろう」
みたいな感覚で休む事も出来ないし、手術の立会いなんかの機会も増えていた。
今思うとメグミは凄く大変だった中、僕に会う時間を作っていたんだと思う。
その『大変さ』は以前、医療業界にいた僕が今なら一番よくわかる。
それでもメグミは時間を作っては、よくうちに遊びに来ていた。
うちの下宿は門限なんてなかったから常に玄関は開いたままだったけど、
管理人のバアさんがいる時は女の子が来ると半分興味本位で
「誰のとこに来たの?」
みたいな感じで聞かれるもんだから困っていたみたい。
ヒロみたいな性格ならこんな時ガツ~ンと言ってしまうんだろうけど、
メグミはそういうの出来ない人だったから
「またおったよ、あのおバアさん」
そう言って少し困った顔で笑うメグミはかわいかった。
一回メグミの寮にも行った事がある、
当然女子寮で男子禁制なもんだから女装して入ったりした。
「まっく、女の子になったら?」
などと、メグミもちょっと悪ふざけしながら楽しそうに着替えやメイクを手伝ってくれたりした。
僕はメグミの事はいつも名字で呼んでいた。
今思うと、RCサクセションの忌野清志郎サンが奥さんの事を
「石井さん」と呼んでいたのと同じ感覚だった。
(お借りしました、ありがとうございます)
何故か一度も「メグミ」とは呼んだ事がない。
今でもそうだけど、下の名前で呼ぶのって何となく恥ずかしいと言うか照れ臭かったのだ。
(お借りしました、ありがとうございます)
これほどの時間を要して、ようやく「出会ってしまった」二人。
お互いの前には何の障害もなく、越えなければいけない高い壁もなかった。
ただ、歩み寄るための時間だけが必要だったのだ。
それは、出会う前から出会う事が決まっていた、
まるで「運命」に導かれたかのようだった。