元暦2年/寿永4年(1185年)2月19日は【屋島の戦い】が起きた日。以仁王の挙兵・石橋山の戦いから始まる一連の源平合戦で、頼朝が王手をかけた一戦です。相変わらず義経のムチャに翻弄される平家。那須与一のエピソードでも知られる戦い。一の谷のヒヨドリ越えの奇襲で平家を四国に追いやった義経。堺に軍勢を集結させていた。折からの荒天で出航は不可能と梶原景時らの進言を無視し、僅かな手勢だけで船を出す義経。何とか300程で四国上陸し平家軍を奇襲した。まさかの襲来に大混乱し敗走した。またしてもトリックスター義経に完敗した。当時家臣団には鎌倉の頼朝の意向が伝わっており、平家追討よりも朝廷工作に源平双方を使ってもらい、源氏が矢面に立たない方針と言うソフトランディング目指すもの。しかし猪突猛進の義経は止められなかった。 #べらぼう #大河ドラマ