【秀吉、佐渡の仕置きを命ず】1586年6月23日
羽柴秀吉が上杉景勝に佐渡の仕置きを命じる。当時の佐渡は離島、本間家と言う弱小大名の支配と言う事もあり、金山のポテンシャルが低かった。そこに目を付けた秀吉、強大な上杉に代官として支配させ劇的に収量を上げ吸い上げ豊臣政権を支えた。上杉の会津120万石転封の際も、佐渡は上杉領としたのも、伊達政宗の抑えと金山を「義」の上杉の裏切らない忠誠を利用したとも言える。関ヶ原合戦の端緒になった会津上杉討伐も、家康の「何としても佐渡を手に入れたい」が有ったとも言える #光る君へ #大河ドラマ