心停止
6月14日
それからの母は肝臓がやられたらしく黄疸が出て黄色くなったその皮膚は人間のものとは思えない色になりました。
また、手術翌日までは母には意識がありましたが、呼吸困難を起こしたために人工呼吸器を口から入れられており、本人の苦痛をやわらげるために薬で寝かされた状態となり、それ以降今まで母の意識はありません。
面会にいくたびに説明してくれる医師は母の状態が日に日に悪化している事を告げました。
そんなある日、
仕事中であった私の携帯に見慣れぬ電話番号からの着信があったのは午後12時少し前のことでした。
通常見慣れない番号からの着信は無視をするのですが、その時みた電話番号は、なにやら近くの電話番号で、もしやと思った電話は案の定母の入院先の病院から
のものでした。緊急連絡先として実家と私の携帯を病院に告げていました。
電話の主の年配の女性の声は何か能天気に感じられ、何やら事務手続きの用件かと思ったのもつかの間、その女性は担当医とかわりますと言って一旦保留音となりました。
担当医の話を聞き、私は自分が狼狽するのがわかりました。
突然母の心臓が停止したこと、心臓マッサージなどで4分程で心臓が動き出したこと、しかし原因の検査をしていたところ再度心臓が停止し、現在も蘇生中であるが、もう既にかなりの時間がたっていること、間に合わないかも知れないがすぐに病院にくるようにとのことでした。
私はすぐに実家と次男の携帯に電話を入れ事情を説明すると会社を抜け一目散にバイクで病院へ向かいました。
間に合わないかもしれない
・・・この言葉が私の中で何度も駆け巡りました。狼狽しつつ、焦る自分を抑えながら自分が事故にあわないようになんとか慎重に運転を続けました。
私がICUに入ったとき、カーテンのかけられた母のベッドの周りに大勢の人がせわしなく動き回っているのがわかりました。
まさに心臓マッサージの最中でした。どうやら間に合ったようでした。
しかし、そんなことで安堵する余裕は私には当然ありません。
担当医がやってきて電話での説明とほぼ同じ内容の話を繰り返しました。
その時私は既にまともに話を聞ける心境ではありませんでした。
テレビでみる救命ドラマでは心臓マッサージをある一定時間繰り返しても蘇生しない場合はそこで治療を断念するというシーンを何度か観ていたので、その事を思い出した私は、いつあきらめられてしまうのかという恐怖感でいっぱいになっていました。
その時点でもう私の涙は止まりませんでした。
看護士の一人に導かれカーテンの中に入れられました。
一人の医師が母の胸を激しく押していました。その時、
「チャージおわりました」
と女の看護師の声が聞こえました。
まさにテレビで観ていたシーンそのものでした。私の狼狽はさらにひどくなり、もう、意識を失いそうなくらい不安な状態でした。
それを見かねたのか、先ほどの看護師がカーテンの外にでるように私をうながしました。カーテンの外で私は丸椅子に座りながら祈りました。
神も仏も信じない私が、この時は必死に祈りました。
どうかあきらめられる前に戻ってください
その祈りが通じたのかどうかはわかりません。が、しかし母は34分の心停止の状態から再び心臓が動き出したのです。
私は神に感謝しました。
担当医がやってきて、心停止の前に不整脈を起こしていたらしいので、原因を調べて治療しなければ再び心停止を起こすかもしれない。心筋梗塞の疑いがあるので、検査の結果次第ではその治療を行いたいと言った。そして治療の際に血管が裂ける等の危険もあることを告げました。
私は同意するしかなかった。このまま放っておいても危ないのには変わりがない。
ようやく落ち着いたころに三男と父親が現れた。私が電話をしてから1時間程経過していた。どうも家に金がなく、家中の小銭を寄せ集めて電車で来たらしい・・・・・・・
そうこうしているうちに次男、私の妻と娘たち、親戚のおばが現れ、検査と処置の結果を待ちました。
たこつぼ心筋症というものだったらしく、心臓のポンプの効率の落ちる病気でした。
また、心臓の弁のひとつの働きが悪く、そのせいで逆流をおこし、肺に水が溜まりやすくなっている事もわかりました。
まだまだ危険な状態ではあるので、自宅で待機しておいてくださいと医師は結びました。
どうか母を助けてください。そう私は祈らざるをえませんでした。
それからの母は肝臓がやられたらしく黄疸が出て黄色くなったその皮膚は人間のものとは思えない色になりました。
また、手術翌日までは母には意識がありましたが、呼吸困難を起こしたために人工呼吸器を口から入れられており、本人の苦痛をやわらげるために薬で寝かされた状態となり、それ以降今まで母の意識はありません。
面会にいくたびに説明してくれる医師は母の状態が日に日に悪化している事を告げました。
そんなある日、
仕事中であった私の携帯に見慣れぬ電話番号からの着信があったのは午後12時少し前のことでした。
通常見慣れない番号からの着信は無視をするのですが、その時みた電話番号は、なにやら近くの電話番号で、もしやと思った電話は案の定母の入院先の病院から
のものでした。緊急連絡先として実家と私の携帯を病院に告げていました。
電話の主の年配の女性の声は何か能天気に感じられ、何やら事務手続きの用件かと思ったのもつかの間、その女性は担当医とかわりますと言って一旦保留音となりました。
担当医の話を聞き、私は自分が狼狽するのがわかりました。
突然母の心臓が停止したこと、心臓マッサージなどで4分程で心臓が動き出したこと、しかし原因の検査をしていたところ再度心臓が停止し、現在も蘇生中であるが、もう既にかなりの時間がたっていること、間に合わないかも知れないがすぐに病院にくるようにとのことでした。
私はすぐに実家と次男の携帯に電話を入れ事情を説明すると会社を抜け一目散にバイクで病院へ向かいました。
間に合わないかもしれない
・・・この言葉が私の中で何度も駆け巡りました。狼狽しつつ、焦る自分を抑えながら自分が事故にあわないようになんとか慎重に運転を続けました。
私がICUに入ったとき、カーテンのかけられた母のベッドの周りに大勢の人がせわしなく動き回っているのがわかりました。
まさに心臓マッサージの最中でした。どうやら間に合ったようでした。
しかし、そんなことで安堵する余裕は私には当然ありません。
担当医がやってきて電話での説明とほぼ同じ内容の話を繰り返しました。
その時私は既にまともに話を聞ける心境ではありませんでした。
テレビでみる救命ドラマでは心臓マッサージをある一定時間繰り返しても蘇生しない場合はそこで治療を断念するというシーンを何度か観ていたので、その事を思い出した私は、いつあきらめられてしまうのかという恐怖感でいっぱいになっていました。
その時点でもう私の涙は止まりませんでした。
看護士の一人に導かれカーテンの中に入れられました。
一人の医師が母の胸を激しく押していました。その時、
「チャージおわりました」
と女の看護師の声が聞こえました。
まさにテレビで観ていたシーンそのものでした。私の狼狽はさらにひどくなり、もう、意識を失いそうなくらい不安な状態でした。
それを見かねたのか、先ほどの看護師がカーテンの外にでるように私をうながしました。カーテンの外で私は丸椅子に座りながら祈りました。
神も仏も信じない私が、この時は必死に祈りました。
どうかあきらめられる前に戻ってください
その祈りが通じたのかどうかはわかりません。が、しかし母は34分の心停止の状態から再び心臓が動き出したのです。
私は神に感謝しました。
担当医がやってきて、心停止の前に不整脈を起こしていたらしいので、原因を調べて治療しなければ再び心停止を起こすかもしれない。心筋梗塞の疑いがあるので、検査の結果次第ではその治療を行いたいと言った。そして治療の際に血管が裂ける等の危険もあることを告げました。
私は同意するしかなかった。このまま放っておいても危ないのには変わりがない。
ようやく落ち着いたころに三男と父親が現れた。私が電話をしてから1時間程経過していた。どうも家に金がなく、家中の小銭を寄せ集めて電車で来たらしい・・・・・・・
そうこうしているうちに次男、私の妻と娘たち、親戚のおばが現れ、検査と処置の結果を待ちました。
たこつぼ心筋症というものだったらしく、心臓のポンプの効率の落ちる病気でした。
また、心臓の弁のひとつの働きが悪く、そのせいで逆流をおこし、肺に水が溜まりやすくなっている事もわかりました。
まだまだ危険な状態ではあるので、自宅で待機しておいてくださいと医師は結びました。
どうか母を助けてください。そう私は祈らざるをえませんでした。