寂しい自分にフォーカスすると

 

寂しい自分にフォーカスすると自分は寂しい人間であり、満たされた時の自分にフォーカスすると自分は満たされた自分であると思う。

 

要はどちらにフォーカスするかだけですね。そしてそのどちらも本当の自分と言えるのではないでしょうか。

 

自分でも世の中でも物でも全てに二面性、三面性があって当然なのです。突然牙をむくとか言いますけど、きっとその牙は突然生まれたものではなくそのものやその人の中にいつもあったものだと思います。

 

私たちはそしてこの世界もですが多面性を持っています。そしてそれが当然なのです。どのバージョンを採用するかは結局それを受け止める人の判断次第なのですよね。

 

なら当然一番良い自分を採用した方が、そして世の中も一番良いバージョンの世の中として自分で採用するのが一番得策だと言えませんか。

 

しかしながらそれがどうしても出来ない。それにはきっと理由があります。なのでその理由を取り除くべきですね。そしてその辺は催眠療法では比較的簡単に出来るのです。

 

 

時には自分の中の寂しさがクローズアップされる事があるでしょう。それは私たちの持つ防衛本能、そして本能の賜物であると言えます。

 

実は私たちの脳みそは良い事よりも悪い事の方を強く覚えているように出来ています。なぜか。それは私たち自身を守るためです。

 

痛みや痛い目にあった事や悪い経験で傷ついた事などを脳が簡単に忘れるはずはないからです。それはひとえに忘れるとまたすぐにその失敗や傷を繰り返しまた痛い目にあったり、また場合によっては死に至る可能性もあるからですね。

 

交通事故の経験をすぐに忘れてまた無謀運転をする人はいません。それは脳が事故を強く記憶し、また事故にあって今度は大事にならないようにと配慮をするためです。

 

心の傷も同じ要領です。拒絶されて失恋して痛い目にあえば人を愛することに臆病になるのは当然の理由のためですね。

 

だから年をとるごとにいろいろな事に慎重になったり臆病になったりするのは当然なのです。だって年をとればとるほど自分を守らなければいけない必要性やトラウマの回数は増してきますからね。

 

だから年をとったり経験を重ねると前向きになれない方向に行くのは実は人間の性質の自然の成り行きであり、年をとっても前向きでいよう、と思うことは実は努力を要することなのです。

 

そして私たちは人間の自然の摂理に逆らって前向きになろうとしている事は認知するに値する事だと思いますね。

 

若い人をむこうみずだとか怖いもの知らずだと言いますがそれは実は本当なわけです。

 

 

さて、寂しい自分を拭い去れない。私的には当然と言わねばなりません。理由に関わらず私たちが寂しい経験を重ねてきた事は否めません。

 

数々の無数の悲しさや寂しさが私たちの中に経験として感情としてあると言っても過言ではありません。

 

そして厄介な事に脳みそはその全てを。そうです、その全てを記憶しているのです。そんなの覚えていないもの、とおっしゃると思います。

 

でも全部の記憶が脳に保存されてるという事は科学なのです。でも私たちは意識の中ではその一部分しか思い出す事ができません。

 

どうしてか。それは通常の意識と呼ばれる状態では私たちは脳の5%程度しか使っていないからです。

 

5%で動かしているシステムで膨大な記憶のファイルを全てダウンロードして見るのは不可能と言わざるを得ません。

 

しかしながら脳は覚えていてそれを保存している事は事実なのです。

 

 

これが厄介です。意識の中では覚えていないのに実は覚えているのですよね。だからその悪い出来事の引き金になるような事が日常的に起こるとすぐに嫌な気分になるでしょう。

 

しかしながら意識の中では私たちはそれがなぜなのかはもちろん理解できません。記憶を意識の外で呼び起こされそしてそのために嫌な気分になった事はもちろん意識の範囲では到底理解やトレースできる技ではありませんから。

 

無数の寂しい出来事。例えば、赤ちゃんの時にお腹が空いているのに誰も来てくれなかった。自分はもうこのままお腹が空いて死んでしまうのかもしれない。お母さんは自分を見捨てた。

 

馬鹿馬鹿しいと思うかもしれませんが、そんな寂しさを抱えている人はたくさんいます。どうしてって、それは実は実際に私の催眠療法のセッションの中でそんな場面に途方もない寂しさが植え付けられていてそれを解消する作業を日常的にやっているからです。

 

 

お母さんはその後帰ってきてミルクを与えてくれたでしょう。だから生き残り私の催眠療法のセッションにきているのですから。

 

でもその寂しさは取り残されたままだったりするのですよね。そしてそれがそんな思い、取り残された、と思えるような経験を重ねる事によって大きくなっていきそしてそれが耐えられないレベルに達すると鬱を発症するのかもしれません。

 

これが私たちの中の寂しさの一例です。

 

 

だから満たされた自分にフォーカスできない時にはこの寂しさや負の感情があなたの中で勝ってしまった時と言えると思います。

 

そしてその理由は至極明確な私たちの自然の摂理のせいでもあるのです。

 

負の感情を解き放ちましょう。できる方法はたくさんあると思いますが催眠療法はその中でもとても有効で迅速な解決方法だと言えます。

 

英語版はこちら

 

素晴らしい1日を!