昨日5月28日は台風1号が接近中のせいか朝から大雨でした。

 

 

 

私の方は金沢市内で行われた石川県警備業協会の表彰式に出席していました。

勤務歴が5年以上で去年4月から今年3月までの1年間の勤務が優良だと警備会社が推薦(すいせん)した人が対象になります。

今年は能登半島地震が1月1日に発生しました。

1月1日朝から勤務をしていて現場で被災して以来、集落の避難場所の支援活動は消防団にお任せして本業の農作業も後回しにして、半年たった今も現場の警備優先の毎日が続いています。正直なところ精神的には限界を超えていてミスはちょこちょこ起こしてます。営業所からは能登半島地震の被災地の現場で勤務している警備員を優先して推薦(すいせん)しましたと言われた時は、こういうことは滅多に起きることでもないし数年後に復旧作業がある程度進んだ時に当時の話の良いネタになるかもしれないと考えて承諾しました。もらえるのも1度限りです。

 

 

(2024年5月29日 北國新聞)

 

まさかこんな場所で出会うとは

会社からは私をふくめて4人来ていましたが、その中のひとりが私の卒業した穴水高校のブラスバンド部の後輩でした。弟の同級生で私の顔が弟と似ていたので彼の方からあいさつをしてきました。その時始めて彼が同じ警備会社で5年以上勤務していたことを知りました。なんでこんな場所で?というのがその時の気持ちでした。

世の中は広いように見えても実際は狭いものだと感じた気持ちがタイトルの文章です。

 

彼の本業は穴水町で理髪店をしていて今回の地震で大きな被害を受けていますが、彼もまた被災した自宅を後回しにして地震のあった翌日の1月2日からずっと勤務を続けています。

 

 

今回の能登半島地震は被害が大きすぎて国からの支援も必要ですが、被災地に住んでいる自分たちのできる範囲でやれることはやっていく必要もあるかと思います。今回の地震がきっかけで中学高校時代の同窓生と再会したりもしています。

6月1日からは衣替えで夏服になります。

気持ちを切り替えるとします。