58歳で亡くなったわたしの父は外では気を使い、冗談を言い、周囲を楽しませることが好きなひとだったが、
ひとたび家に帰ると、口数は少なく、自分自身の話はあまりしないひとだった。
特に父が現役時に受けて不合格になった大学の話はタブーであったが、生前の父が第一志望であった旧帝大に執着があることは感じていた。
父は浪人を望んだが家の経済的な状況で浪人を諦め、旧帝大ではない国公立大学に進学し、大学院は旧帝大を卒業した。
父の死後、父の弟から聞くまで、どこの大学を受けて不合格になったのか、わたし達家族は知らなかった。
父と母も国公立大学を卒業していて、父は大学内での仕事、母は国家公務員の仕事につき、学歴や経歴を重んじる傾向があり、そこへの反発心もあり、わたしは私立の芸大に進学し、妹弟たちも父が望んだ旧帝大へは進学しない道を選んだ。
わたしは芸大を卒業後、学歴とは関係なく、自分の技術で自立して生きて行く為に、働きながら睡眠時間を削って勉強し、国家資格を取得した。
自分達の技術や知識で働く職場で働くようになり、いつまでも自分の卒業した大学の話をする母親と自分が不合格になった大学を隠し続ける父親に、ますます違和感を覚えるようになった。
けれど、自分の長男が国公立大学を目指し、勉強に取り組む姿を身近で見ていく内に、自分の中で変化が起き始めた。
長男は高校生活の3年間、勉強漬けだった。
バイトも部活も女の子と遊んだりもしていない。
ひたすら毎朝5時には起きて机に向かう日々。
それでも現役での国公立大学合格は果たせず、浪人ではレベルを上げての国公立大学合格を目指し、予備校の寮に入った。
ここまでしないと、国公立大学、旧帝大への合格は目指せないと知り、ひとつ分かったことがある。
父も母も、それだけ真剣に受験勉強に向き合い、頑張ったのだ。
そして、自分はそんな父と母とは違う選択をして自立をしたかったから、働き出してからも資格取得の勉強を続け、フルタイムで働きながら準公務員の仕事も続けている今に至っているのだ。
自分が頑張り続けられているのは、父と母のおかげでもあるのだ。
長男が旧帝大を目指したことによって、ずっと違和感を感じていた両親に対して、そういう思いに辿り着けました。
お父さん、あなたが亡くなって半年後に生まれた初孫が今年の4月、あなたの悲願だった旧帝大に入学します。
「おじいちゃんがいちばん喜んでる」ってみんな言っていますよ。