「北海道は最高だけど、沖縄は絶対にダメだ!」

そんな会話を聴いた事が無い。





去年の3月頃、

セケンがコロナで一番盛り下がってる頃、

沖縄から北海道に行った。


ほとんどの旅行が停止され、

母親にも反対され、

機内はガラガラ、ホテルもガラガラ、電車もガラガラ、講演会は中止。

振り返っても、セケンがマジ一番盛り下がってた頃。





直行便で3時間半、

飛び立った那覇では短パンでゾウリの格好をしてて、

それでも暑かった。

降りた千歳は、雪が積もっていた。


そして、
旅行って大事な事だったんだなと思った。



「違い」を目の当たりにする。

全ての旅行がそうだ。

旅行者は「違い」を体感する。



でも、だからと言ってその「違い」を攻撃しない。

「同じにしよう」「一つに統一しよう」ともしない。


「北海道を沖縄と同じにしてやる!」とか聴かない聴かない。


北海道は北海道のままで、

沖縄は沖縄のままで、

あまりにも違う両者の「ありのまま」を、旅行者は受け入れる。

それが旅行である。






↑この山から飛び立って、

↓3時間後にはここに降りてた。




伝説的美少年であるさとう氏は、

のちに伝記にこう書き記した。


「あまりにも、違う。

息子よ、世界はあまりにも違うのだ。


白があり、青がある。

高きがあり、低きがある。

熱きがあり、冷たきがある。


その違いを、人々は旅行でのみ体感するのだ。


ところが、どうだ息子よ。

世界中の旅行者が、足止めされている。

国際便は出ていない。

僕らは「違い」を体感できなくなってしまい、

家でSNSをむさぼるだけだ。



そして、そこに踊る「些細な違い」を、

違いのままに受け入れることが出来ず、

相手が「違うこと」を攻め、自分と同じ意見に統一しようとする。

なんということだ、メロスよ。

皇帝は間違った施政を行なっているのだ。


なぜなら、人々が「違い」を体感する唯一の方法を奪ってしまったのだから。

旅行だ。旅行なのだ。それは旅行なのだ!(くどい)



違いが、違いのままで美しかったあの頃より、

これからはきっと、些細ないざこざが増えて行くだろう。


もう、この街の誰も「違い」を認める胆力が無い。

なぜなら、旅行を止められたからだ。


目の前のその「暑さ」だけが正しいと思っている。

まさか、今この瞬間に「寒くて白くてぽよよよよーん」な雪が降ってる地域があるとは夢にも思うまい。

いいか、メロス。

皇帝は間違えてしまったようだ。


チガウコトは、悪いことじゃない。

旅に出れば、それが分かる。



息子よ、父はもう夜勤のキャバクラのバイトに出かけるが、

「板垣死すとも旅行は死せず」を座右の銘に生きて行きなさい。」





 


↓全ての旅行が、出発地と到着地の「違い」を体感するモノ。

沖縄⇒札幌だったから、より鮮明だったけど、

他の全ての旅行も同じ原理だ。


僕らは「違い」へ旅をする。

そして「違い」を目の当たりにして、

「違いは、違いのままで美しい」ことを、心のどこかで誰もが感じているのだ。

「旅行」という技法では、全ての人にそれが起こっている。


その旅行の多くが止められたことによって、

「違い」を目の当たりにし無くなれば、

自分だけが正しいと思うようになるのも当然だろう。


とにかく、おれはメロスの父だったのだ。

そして、皇帝ネロと戦っていたのだ。

知らなかった。

さようなら。


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▼この記事を書いた人 Writer's Info

さとうみつろう

日本の作家・ミュージシャン。中2の長男コクトウ君と、小4の長女ザラメちゃん、2才になった次女ミリンちゃんの3児のパパ。石垣島で生まれ中学は大分県、大学は北海道。社会を変えるためには「1人1人の意識の変革」が必要だと痛感し、大手エネルギー企業から独立。本の執筆や楽曲の発表を本格化し、初の著書がシリーズ累計30万部のメガヒットを記録。10代の若者を中心に多くの支持を集める。ところ…

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