神社の御神木を切り倒したって、
本当ですか?


というLINEを頂き、その方が教えてくれたブログを読ませていただきました。

そのブログを書かれている女性は、


「人生で初めて怒りで泣きました」と記しており、
 

本当に悲しい思いをした様です。


もしも神社の木を切り倒す人を見たなら、

 

僕もきっと彼女と同じ心境になり、深い悲しみで怒りを爆発させていたと思います。




そのウタキは僕の家の近所にあり、

 

僕らが普段から日参し、とても大事にしているウタキです。

 


失礼ですが、この場所への思いが一番強いのは、ネットでこの場所を見つけて拝みに来る人でも、

 

ネットで今回の事を批判している人でも無く、
 

この場所に住み、このウタキに毎日のように通っている僕たちです。
 

 

この地域に住む人たちにとって、とても大切な場所であり、

 

普段から清掃などもこまめに行い、奇麗に場を整えています。

 

 




このウタキが去年の9月頃に崩落しました。


実は、数年前から兆しがあり「崩落するだろう」とは言われていました。



石灰岩の岩の上に生えていたガジュマルが枯れて、


岩を「しめ縄」のように締め付けて結わっていた根っこの圧力が消えたことで、
 

嵐の夜に、石灰岩(巨石)と巨木が下へと崩れ落ちました。




崩れ落ちた場所はウフガー(産湯に使う水)と言って、

 

水道が無い時代に先輩たちが水場として利用するために整備した場所です。

 

 

崩落後に、僕は何度も通い岩や木を片付けました。


特に崩落して落ちて来た木々は、

 

この場所では朽ちる事が出来ないため(敷設されたコンクリの上に崩落してたため)、


ちゃんと朽ちて還れるように、土の上へと運びました。

でも僕一人ではどうしても運ぶことが出来ない大きな木が、

 

水場を塞いでおり、

 

日に日に水路が腐っていきました。



ネットで表面的な情報だけを見て批判している人たちとは違い、


このスグルクカーの近所に住んでいる人たちは、
 

「去年の9月~今年の1月までの惨状」と言えば誰でも知っており、
 

口々に「心が痛い」「どうにかならないかね」と相談してました。






何度も言いますがこの聖地がもたらす水は、

 


この周囲に住む僕らにとって、とても大切な水なのです。
 

この地域で赤ちゃんが生まれた時は、この水を使ってウガンもします。
 

何かあるたびに、感謝もします。



このウタキには水場から、川へと流れ出る水路があり、


その水路が崩落した巨木で塞がれてしまい、

 

一か月後には水貯めの中の水まで腐り始めていました。





そこで今年の1月に、


神社の樹々を伐採した経験のあるプロの方に来てもらい、
 

枯れて崩れ落ちたその巨木を解体して、土の上へと運びました。

 

 


また、ここへはマナーの悪いユタさんや祈り人も沢山来るので、


水場の中には「ライター」「缶詰」「小銭」などがたくさん投げ入れられており、
 

以前からライターのオイルが漏れだして、水の上に油膜を張っていました。
 

 

神社でも無いのに投げ入れられている「小銭」も、

 

水場の中に観えるせいで、後から来た人も真似して投げ入れる状況。


これらは網や棒などでは除去することが出来ないので、


僕がその水場の中へ祈願して入らせて頂き、

 

水底の砂の下に堆積した鉄くずや小銭、空き缶やライターまで全てのゴミを除去しました。

 


以上が今年の1月に行った作業です。





嵐で崩れ落ちる前の現状までには戻せませんでしたが、

 

元通りの水の流れは確保でき、清掃後には地域の多くの人にありがとうと言われました。

 

 

どうして地域の聖域を掃除して地域の人たちには喜ばれているのに、

 

遠いネットの先で関係のない人たちに批判されるのでしょうか?

 

 

 

 

理由は、インターネットでは表面的な部分しか観えないからです。


興味本位でその表面的な情報や「主義」「主張」に迎合し、

 

流れに加勢する人たちは、「尾ひれ・はひれ」も付けます。




どこか遠くのあなたに関係のない聖地、


例えばホピ族の聖地を、ホピ族の人たちが清掃した。
 

それをネットで見た日本人が、「野蛮だ」「木を伐採して居る」と騒ぐのはおかしい事だとすぐに分かるでしょう。

 


その聖地を普段から守っているのは、その近所に住む人たちなのです。


その聖地を大切に思っているのは、その近所に住む人たちなのです。

 

 

 

スグルクカーは、この地域に住む僕たちが心を込めて奇麗にしている場所です。


遠くの誰かに。

 

ただおもしろく批判したいだけの誰かに。


 

この聖地になんて、何の思い入れもない誰かに。



何かを言われる事に、憤りを超えて悲しみを感じます。

 

 


今回のブログを書かれている方を批判しているわけではありません。


むしろ彼女は「ネットの表面情報」の被害者だと思っています。
 

友達に聞いたとありますので、

 

その友達が、誰かが発信した「表面情報」を伝えたのでしょう。
 

 

ブログを見ると絵を描かれている方のようで、

 

その絵を拝見させて頂いたら「自然が好き」ということがすぐに伝わりました。
 

 

だからこそ、「木を切っている」という情報をお友達に聞いた時に、

 

「木を切るなんて!許せない!」とすぐに「情報」に反応し、

 

深い怒りが湧いたんだと思います。

 

文章などから、彼女はちゃんと事情を話せば分かってもらえる方だと思ったので、

 

書かせていただきました。

 


事実とは異なるとはいえ、友達から「木を切っている人が居る」と聞いたことで、

 

「目の前が見えなくなるほど深い怒りと悲しみを感じ」させてしまい、

 

申し訳ありませんでした。

 

 

 



あなたも、もしもこの記事で何かを感じたなら、


「表面情報」だけで騒がれているネット上の「主義」に迎合する事の危険性を知り、
 

すぐに「情報に乗っかる」のではなく、


その場所の事情や背景も調べた方が良いと思います。



僕としても今回の件では色々と勉強になりました。


なぜなら、僕自身もネット上の「表面情報」だけで、
 

「あの人たち、なんであんなイベントをしているのだろう?」とか、
 

「地球を汚すから、あんな事をするくらいなら集まらなければいいのに」とか、
 

今回の件同様に「表面的な情報」だけで、

 

すぐに「誰か」のことをジャッジしていたんだなと気づけたからです。



僕が「悪い」とジャッジしていたその人たちにも、

 

ひょっとすると観えない事情が背後にいっぱいあったのかもしれないと、

 

自分の視野を広く保てるきっかけになりました。
 

 

そういう意味においても、考え直す機会を頂けた事に感謝しています。

 

ありがとうございます。

 

 


インターネットには今日も色んな「表面情報」が溢れています。


その「主義」「主張」「正義」にすぐに迎合するのは、簡単で楽しいかもしれません。
 

 

でも、背後にあるであろう「事情」まで思いを馳せられる「ゆとり」を持てるように、

 

日々の生活をきちんと過ごしたいなと感じました。

 

 

また、インターネット上で他人を批判すると「名誉棄損」で訴訟された場合、

 

管理プロバイダから実名の照会があり、裁判になります。

 

根拠のない事柄でその人を誹謗中傷した記事は当然ですが、

 

事実が一部含まれていたとしても、相手の名誉が棄損されたと認定された場合は数百万円の請求になるそうなので、

 

誰かの批判記事を書く場合は、そこまで担保できる覚悟が必要です。

 

https://www.fuhyo-bengoshicafe.com/bengoshicafe-709.html

 

それか、元から他人を批判する記事なんて書かなければ良いのかもしれません。

 

 

 

 

 

 

ちなみに、僕ら有志が片付けた後に。

 

3か月も後に。

 

行政だか自治体だかが発注した業者さんたちが、

 

この聖地へ踏み入り樹々を伐採し始めました。

 

 

重機を入れるために、土砂を削り(ユーターンさせるため)、

 

生きている樹々も何本も伐採し、壁に重機のこすり傷も付けて帰って行きました。

 

ひょっとすると彼女の友人が見たのはこの作業であり、

 

そこと混同してしまったのかもしれません。

 

 

僕も祈りに行った時に、その伐採作業を観かけて心を痛めたので。

 

 

 

ただ、この業者たちの作業も必要な事だったのかもしれません。

 

なぜなら、崩落した岩石には「僕と同じ大きさの巨石」もありました。

 

 

この場所は、近所の子供たちがかくれんぼなどをして遊んだりします。

 

僕の息子も、友達とよく行きます。

 

「巨岩」がまた崩落するのは危ないということで、

 

「立ち入り禁止」という札も設置されている状況でした。

 

 

 

ただ、やはり業者さんたちは思い入れも無いウタキだし、

 

それは「仕事」なので、

 

やはり「雑に」「乱暴に」作業が行われてしまいました。

 

だからこそ、その作業を見た時に僕は、

 

先に片付けに入れて本当に良かったと思いました。

 

 

巨木は枯れていましたが、巻き付いていたツタ状の植物は生きていたので、

 

僕たちは丁寧にそのツタを全てはがして移植し、

 

その後、枯れた木を解体できたから。

 

業者が先に入っていたら、間違いなくこの植物ごと廃棄されていた事でしょう。

 

 

なぜこの植物が大事かと言うと、

 

過去記事にも書きましたが、聖地にしか生えていないとても貴重な植物だからです。

 



とても長くなりましたが、

 

ネットには表面情報しか見えないという危険性があります。

 

僕も、今回の件で「情報を誤解されないように丁寧に発信しよう」と思い直しました。

 

 

公式LINEには目を通せないほど多くの情報が寄せられますが、

 

鵜呑みにする必要が無い情報にまで惑わされている人も多いです。

 

今回の件は話せば伝わる相手だと感じたので書いてみました。

 

LINEをくださった方も、ありがとうございました。

 

 

ブログを書かれた彼女の知り合いの方が居ましたら、

 

背後の経緯なども伝えて頂けたら嬉しいです。

 

彼女の記事をシェアしている人も多いので誤解が拡がる事への懸念もありますが、

 

何よりも、読んだ人たちへも「悲しみ」という負の感情が拡がるのが辛いです。

 

 

コメント欄があればコメントして連絡を取りたかったのですが、

 

無いので伝えらえません。

 

 

彼女は、ていねいに僕の名前を使わないように配慮してくれているので、

 

僕も急に彼女のリンクを貼るのも悪いと思ったので、

 

上のLINE画像からも彼女のブログアドレスを消してますが、

 

彼女と連絡が取れましたら、リンクを貼らせてもらいますね。

 

 

 

「自然が好き」な彼女が、友人から唐突に「木を切っている人が居る!」という情報を得て、

 

深い悲しみを抱えてしまったように、

 

彼女の記事を見て、多くの悲しみが拡がる前に連絡が取れたらなと思っています。

 

 

 

 

 

今日の記事を読まれて、

 

【表面情報だけで「主義」「主張」に迎合する事の危険性】が伝わったなら、本望です。

 

あなたの友達にもぜひシェアして伝えて下さいね。