夏が来る~♪って、大黒先輩あたりが歌ってるけど。

 

もしも、「夏」という1つのモノが来ていたのなら、

 

100人が絵日記を書いても、1種類の絵日記にしかならなかったはずだ。

 

 

「夏、暑かった。青かった。短かった。」A君の日記。

「夏、暑かった。青かった。短かった。」B君の日記。

「夏、暑かった。青かった。短かった。」C君の日記。

 

 

もしも。

 

もしも、「夏」というたった1つのモノが、

 

僕らを訪れていたのなら。

 

100人の「夏の絵日記」は、1種類。

 

 

 

 

 

でも、子供たちの数だけ、夏休みの絵日記は違う。

 

ということは、人の数だけ、違う「夏」があった訳だ。

 

 

外側にある「1つの夏」が、100万人を訪れたのではなく、

 

100万人の中に、100万種類の「ナツ」が、

 

100万人の思うままに創られていたという事実。

 

 

 

 

ー「外」なんて、無いのさ。

「せかい」とは、観測者である「わたし」が自由勝手に創造しているモノだからな。

by悪魔

 

 

※「せかい」と「わたし」が

 反転した関係性で同時に立ち上がる仕組みは

 (⇒悪魔の本よんで)

 

 

 

 

 

2学期制?みたいな法律?憲法?のせいで、

 

小5・小1の我が子たちは、昨日までが夏休み。

 

母親がしっかりしてるので、宿題もちゃんと終わって。

 

 

 

 

それぞれに。

 

コクトウ君にも、ザラメちゃんにも。

 

父にも、母にも。

 

良い「夏」でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

↓たった1つの固定化された「夏」が、あなたを訪れたのではなく、

 

あなたが「夏」というモノを創り上げているという事実を聴いた上で。

 

 

あなたにとって、今年は、どんな「夏」でしたか?

 

今、その口が答える「ナツ」が、

 

あなたにとっての「夏」となります。

 

 

良かったと観れば、良いんだろうし。

 

悪かったと語れば、悪いのでしょう。

 

 

 

案外さー。

 

振り返れば、良い「夏」だったんじゃね?

 

 

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