⇒続き⇒


そして、せんちゃんをコントロールするために、

毎日寝る前にレコーディングした自分の声聞いているメソッドしている人たち⇒有効

ただ、そのレコーディングメソッドする際に、

「レコーディングメソッドしないと、せんちゃんはコントロールできない」っていう前提を創り上げている。


そしてその前提が、さらにせんちゃんの記憶に蓄積される。「せんちゃんはコントロールできない」という部分が常に加わるのでループする。

何かをする=何かができない


せんちゃんをコントロールする=せんちゃんはコントロールできない

現実は全て100%自分の意識が作り上げている。

そして、自分の意識は、せんちゃんとケン君のみ。


何かをする=何かができない前提 


せんちゃんをコントロールする=せんちゃんはコントロールできない前提

現実に100億円が空間から湧き出てこないのは、

ケン君の「ちちんぷいぷい。」とせんちゃんの「それでは出てこないのよ」の知識の綱引きで、
圧倒的にせんちゃんの方が強いから。

そして横から出てきたエゴッチが、「ほーらね。また出てこないじゃん。」って現実を認識して、せんちゃん側に知識を加える。

で、ここで重要だから聞いてね。

「本当の自分」は100億円が本当に出てきている(というかもともと一体と知っている)次元も、出ていない目の前の次元も認識している。

だからかなり中立な存在。


で、「自愛」なんだけど、

現実という名の喜劇「ざ・じんせい」を演じているエゴッチを、すべてを見通せる(ここを出て別の映画館にも行ける)観客である本当の自分が、

この子ってば愛おしいなぁって感じる感覚に戻る事。

要するに、一体となりすぎていた「ざ・じんせい」から、客席に戻った視点を確保する感覚。


だってかわいいでしょ。エゴッチって名前からして。

だからしょっちゅう客席に戻るのはいいことかもよ。「ちちんぷいぷいでは出ないんだ。とほほ。」って演じているエゴッチを笑う(愛おしく思う)感覚。

そんな自分を許すというより、そんなエゴッチと一体になりすぎた視点から、客席に座ってエゴッチを眺める視点を確保するのが自愛かなーって。


で、自愛をするときに「自愛をすれば願望が叶う」というスタンスでやっちゃうと、「~しなければ叶わない」という前提をセットするので、横からエゴッチが出てきて、せんちゃんに知識を加えるから注意だよ。


173 :みつろう:2011/09/15()

長々と書いてみて新たにわかったゾ。

やっぱり、今この現実という名の喜劇「ざ・じんせい」を認識している自分は全てエゴッチだ。


今、「自分」って思ってるのも全てエゴッチ。

そしてやっぱり、ケン君もせんちゃんも「人格」というより「知識」。


視力を通して画面を認識しているのもエゴッチ。

聴力を通して現実を聞いているのもエゴッチ。

皮膚を通してキーボードを認識しているのもエゴッチ。

てか、俺ってエゴッチって名前だったや。今思い出した。


↑そして、上のことを思い出した瞬間の自分は「本当の自分」


今日の朝「なんでこんなに毎日瞑想しているのに、まだ会社勤めなんだろう」って思ったのはエゴッチ。

「こんなに瞑想を頑張っているのに」って思っていたのもエゴッチ。

「まだ会社勤めしているけど、そんな自分を許そう。」って思った瞬間は「本当の自分」。

その次の瞬間に「しめしめ。自愛できたぞ」って思ったのはエゴッチ。


ということで、別にさぁ、俺の名前はエゴッチだったから、もういいや。

俺自身、俺の全て、今のおれも今後の俺もエゴッチ。俺はエゴッチだ。

やっぱり↑上を思った瞬間は本当の自分。

この感覚、だれかわかる?




次元とは何か?


わからないっか。


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