屋久島に行って来たと言えばたいてい
「あれ、見てきました?」
「大きな杉、なんでしたっけ?」
「一度、見に行ってみたいんですよね」
など十中八九、縄文杉のことを言われる。
中には屋久島?どこにあるんですか?沖縄?
なんて、平和な方もいる。
今や屋久島は旅行代理店のブランド商品の感がある。
その中でも、縄文杉は目玉商品、外せない商品なのだ。
ひとえにTVや雑誌の影響は大きい。
何時間も歩いてやっと会える大きな木。
島の人に言わせると、何でわざわざ歩いて杉なんか見に行くのだ?となるらしい。
ぼくもはじめて見たときは感慨深かったが、2度3度、いや4、5回も行けば、ああ、縄文杉だ、ぐらいの気持ちしか湧き上がってこない。
今回は写真を撮ってみたいなの軽い気持ちで、宿を予約するときに宿主から「どこに行くの?」と聞かれて「縄文杉かな・・・?」とぽろっと口に出した。それが運のつき(?)、高校生がひとり行きたいと言っているから、一緒に行ってくれない?と引率を頼まれてしまった。登山口までバスの運行はなく、タクシーかレンタカーかもしくはレンタバイク(!)で行くしかない。高校生は何も免許を持っていないから、レンタカー類は借りられないそうだ。わざわざタクシーで往復するより、行くなら彼が行きたい日にあわせてぼくが借りるレンタカーに乗せてくれというわけだった。
快諾したものの写真を撮りたいけど、気に入った場所でじっくりとカメラを向けるのは難しいなとも思った。
縄文杉に向かう前日のこと。
やっと高校生が宿にやってきた。沖縄に行った帰りに屋久島に寄ったそうな。目的は縄文杉。でも、まるっきりの沖縄旅行の格好。大丈夫か!?宿主の兄さん、姉さんのご好意でザック、レインスーツなど装備一式を借りられることになった。
縄文杉は山の頂点を極める山登りと違うけれども、長時間山道を歩くことになる。それで登山装備が必要になるのだ。まぁ、ふだんの格好でもいいが少しでも疲労を減らしたり、楽をしたいならば、ちゃんとした登山装備を揃えた方がいい。
でも、当日彼の借りた装備を見たら、登山用じゃなかったが・・・。
夕食の後に準備をしていたら、大学生ふたりに一緒に行かせて欲しいと言ってきたので、同行することにした。
これで、カメラの三脚は持てなくなった。同行者がひとりなら、なんとかなると思ったが、4人で歩くとなるとペースが取れなくなる。
まぁ、仕方がない。あっさり三脚を諦めた。
朝は6時前に起床。
朝食を食べていると、ライダーのおじさんがひとり起きてきた。
この人は昨晩にかなり酔っ払って女性に絡んでいたのだ。
島のいろいろな場所を聞いて情報を得るのはいいのだけれども、行く価値あるの?絶対行った方がいいの?としつこいぐらい聞いていた。
価値があるかどうかは人が決めるのでなく、自分で感じることなのだ。
周りは絡まれて気の毒そうだなと思いつつ誰も話しに入っていかない。それでも相手をしている女性は親切に色々おじさんに教えてあげていた。
最後の方は面倒くさくなったのか、あそこの本棚に屋久島の本がいろいろあるから自分で探してみたら?と突き放していたが・・・。
そんなこともあって、ちょっとこのおじさんに苦手意識があった。
ほかの人からこのひとも縄文杉に行くと聞いていたが、たぶんひとりで行くから心配しなくても大丈夫だよ、と言われていたが、なるべく目を合わせないようにしていたのに「どこか行くのですか?登山ですか?」と聞かれてしまった。「ええ、まぁ・・・」なんてお茶を濁していたのに、同行者の誰からか縄文杉に行くことがばれてしまった。
案の定、一緒に行っていい?と言われてしまった。
レンタカーは軽で4人定員なので・・・と言えば、バイクで後ろから着いていくからと言われたので、断るわけにも行かず一緒に宿を出ることにした。
宿を出る頃には真っ暗。
車のバックミラーでおじさんが着いてくることを確認しながら運転する。
安房(あんぼう)の町から山へと向かう。徐々に高度が上がると、さすがに軽自動車に4人乗れば速度が出ない。30キロも出ればじゅうぶん。ところがカーブのたびにおじさんのバイクのヘッドライトが小さくなっていく気がする。出発前に数日前、雪が降ったから路面が凍結しているかもしれないから注意してくださいと言ったので、慎重になっているのか!?
だけど、全然路面は凍結していないのだ。カーブをいくつか曲がると完全におじさんのバイクは見えなくなってしまった。何度もこの道をバイクで走ったけれども、細い道だから絶対車よりバイクの方がスピードも出せてカーブを通過するのも楽なのだ。あまり話をしなかったので、もしかして流行のおじさん初心者だったのか!?
途中で道が二手に分かれる分岐点来た。待つべきか、行ってしまうか、悩む。しかし、待っていたら登山開始時間が遅れてしまう。いつものバイクよりかなり遅いペースで走っているから、出来れば先を急ぎたい。左を行けばヤクスギランド、宮之浦岳への登山口。右へ行けば縄文杉への登山口。こんなにわかりやすいから、まず迷うことはないはず。
結局、このおじさんとは縄文杉の往復で一度も出会わなかった。あとで人の話によれば、左に行ってしまったらしい。それで、この日は温泉巡りをしたそうな。何のために早起きしたのか・・・。たぶん連れ行ったらどうなっていたのか。自分でバイクを運転するからには登山口を確かめて、走るルートを確かめなくては。こんな人が屋久島に来るから山の遭難が多くなってきたのかもしれない。山に入ること自体自殺行為ともいえる。
登山口に到着したら、少ない駐車場はいっぱい。最近はガイドのツアー出発は夜中の3時だそうな。理由は駐車場に車を停められないから。天候が悪くて海も空も交通が絶たれたのに、この様子ではゴールデンウィークなどは大変そう。軽自動車だから、少し強引に路肩に車を停めることが出来た。
歩き始めは7時。
いつもの時間で、よかった、よかった。
けっこうゆっくりペースで歩いた。
初心者がいるからというわけではなく、日頃運動してないからバテるのが恐いのと自分のペースがまだつかめていないから。
大学生たちは滞在中に一度縄文杉に行ったそうで、そのときは駆け足だったから(!)、この日はずいぶんまったりだな~、ゆっくり景色が見れていいな~、などと話していた。そのときは雨が降って、ゆっくり歩きたくなかったそうな。
しばらくは昔材木を搬出していたトロッコの軌道の上を歩く。枕木の間隔が歩調と合わず、ずいぶん歩きづらかったのだが、山道となる大株歩道入り口までレールの間に板が置かれて、かなり歩きやすくなっていた。屋久島に似つかわしくない(?)立派なトイレ近くで小休止。
じゅうぶん休憩を取ってから、いよいよ山登りが始まる。
それでも少し歩いたかな~ぐらいの感覚で、ウィルソン株にたどり着いた。どちらかといえば、縄文杉よりウィルソン株のほうが好きだったりする。かなり大きな切り株が残っていて、切られていなければ縄文杉よりも大きかったのではないかと言われている。以前来たときは大株を包み込んでいた苔が美しかったが、今日はやけに目に映えない。苔の量が少なく、色もあせて見える。何度も来ると比較してしまうから、いけない。何事もはじめてがいい。
ウィルソン株からは2つのルートがある。
1つはメインのルートで、ウィルソン株の前を横切ってまっすぐ進み、長い階段を登っていく。もう1つは、ウィルソン株を通り過ぎたら右に曲がって山道を歩く「自然観察路」のルート。
一見、階段のほうが歩きやすそうだが、かなり足を上げ下げするから疲れるのだ。その点、足元が悪い山道のほうが疲れが少ない。このルートは以前訪れたときに同宿のK君から教えてもらった。いかにも歩きにくそうで遠回りのような気もしたが、ゆっくり自然を満喫できてとてもよかったのだ。
今回も自然観察路を使うつもりでいた。メインのルートは多くの人が歩いてほとんど雪が無い。しかし、自然観察路は雪で埋もれ、先行者が歩いた足跡が転々と付いているだけだった。
さて、どうしたものか。
階段を上がるのが、かなりしんどいことが頭にあって、少し躊躇したものの迷わず先行者の足跡を踏みしめて歩き始めた。
しかし、少し歩くと足跡がなくなってしまったのだ!戻った形跡も無く、どこへ行ってしまったのか・・・。いまさら後戻りも出来なくて、誰も歩いてない雪原へずぶずぶ足を突っ込んで歩くことになった。自分は山歩きを考えてハイカットのゴアテックスのトレッキングシューズを履いていたが、同行する大学生と高校生はローカットのスニーカーで、「足が冷たいです~!」「なんだか足の感覚がなくなってきた~!」と後ろで叫びながらついてくる。
もし、お金をもらうガイドだったら、同行者の装備も考慮しない行動で失格だろうな。
しかも、雪が無ければ登山道がはっきりわかるのだが、雪に埋もれて、道らしきものがみあたらない。それでも、枝につけられているピンクのビニールテープを頼りに歩いた。山の側面に道があるところは、雪で埋まり、ただの雪の斜面になっていた。やばいなーと思いながら、枝につかまり、足をしっかり踏み込んで足跡をつけて、後続者が歩きやすいようにトラバースしてやり過ごした。
たぶん、今回は階段のルートより数倍時間がかかったかもしれない。
やっと階段のルートと合流できた。
そこで出会った人に「自然観察路で来たら、雪で大変でした」と話したら「あそこは立ち入り禁止の札が出てたよ」と軽蔑に近いまなざしで諭されてしまった。
それでも、あの雪と格闘しながら歩いた困難さに比べたら、なんと歩きやすいのだろう。疲れているはずなのに、足が前に出て行く。
大王杉を通り過ぎて、しばらく歩くと、階段が出てくる。これを登りきれば、縄文杉とご対面。
ひさしぶりに見た縄文杉は、懐かしさもなく、ああ、縄文杉だと日常のひとコマにしか見えなかった。
もはや自分にとって縄文杉は特別なものではなくなったちょっと淋しい瞬間でもあった。


