まだ見ぬ書き手へ | 旅ノカケラ

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@そして、人生は旅のようなもの。
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▼某月某日

彼は寡黙的な作家だった。
ノーベル文学賞を受賞している偉大な作家であるにもかかわらず、TVで見ることなく、インタビュー記事さえ雑誌や新聞にもお目にかかれなかった。
彼の悲報を目にしたのは、インターネットだった。
生前、彼と懇意にしていた知人が「もしものとき、自分の作品を楽しみにいている読者に伝えてほしい」と作家が書き残した紙を預かっていた。
知人はどうしたら作家の読者にメッセージを伝えられるか考えた。
ひとつの方法がインターネットで公開することだった。

「よく、どうして作家になったか聞かれますけれども、私は誰にも一度も話したことがありません。
それを話すときは、私が作家を辞めるときでしょう。
作家になる以前の私は世の中に飽き飽きして、世の中の隅っこに佇み、無意味に時間だけが過ぎておりました。
親切な知人が、そんなに時間を持て余し、不埒な日々を送っているならば読書でもしたらどうかと熱心に勧めてくれました。
あの頃は怠惰な生活を送っていても、まだ人の忠告に素直に耳を傾けた自分がいたのでしょう。
ベストセラーと呼ばれ、何かしらの文学賞を取り、無学な私でさえ名前ぐらい知っている作家の本を何冊も読んでみました。
感想は、こんなものが文学というのか、くだらない、こんなくだらないことを書いてお金をもらって生活できるなんて楽なもんだ、いっそ自分が書いたほうが面白いものが書ける、でも、くだらなしすぎてもっと怠惰な生活になるならばかばかしい、というようものでした。
読書はひとりの時間、空間に閉じこもってしまうため、怠惰な生活に孤独感が覆いかぶさり、いつしか読書から遠ざかるようになってしまいました。
こんな私が作家になれたとは、きっと不思議に思うでしょう。
それは、たまたま家の中で父が残した段ボール箱の中を整理していたときのことです。
一冊の本のタイトルが目に留まりました。
『まだ見ぬ書き手へ』
それが誰に向けてではなく、私に向けられた言葉のように思えたのです。
ページをめくるたびに私は愕然としました。
そして、私は文章を書く衝動に駆られ、本に書かれている内容を忠実に守って本を書き始めました。
気がつけば、私は作家になっていたのです。
私は作家になりたくてなったというよりも、一冊の本に導かれていつのまにか作家になったということかもしれません」

『まだ見ぬ書き手へ』丸山健二著は、そんなことが起こりそうな本である。