▼某月某日
わたしが今住んでいるところは埼玉県だから、埼玉県民といえよう。
もし、都道府県別に県民性があるならば、わたしは埼玉県民とは情けない、自分勝手な県民じゃないかと思う。
ただし、埼玉県と書いてはいるが、わたしの周囲数十キロの範囲のことかもしれない。
わたしは町から町へオートバイで旅をしていた。
どこの町だったか忘れたがショッピングセンターに寄ったことである。
たぶん、夕食の材料を買い求めたのであろう。
駐車場の敷地にオートバイを入れると、たくさんの乗用車が駐車場を埋め尽くしていた。
オートバイを停めるスペースを見つけながらゆっくりと走っていたら、空きスペースが見つかった。
エンジンをかけながら、片足をついて、そこを眺めると他のスペースよりいくぶん広い。
地面には車椅子のマークが白くペイントされていた。
ショッピングセンターの入口に近く、他に車を停めるスペースはない。
しばらく、その空いているスペースを眺めていたら、わたしの他にも駐車スペースを探してうろうろしている乗用車がいるが、どの車もそこへは停めようとしない。
ちょっと驚いた。
今まで意識していなかったが、当たり前のことなのだ。
普通のことだけれども、わたしが乗用車あるいはオートバイに乗りはじめて過ごしてきた日々を振り返っても、こんな光景に出会ったことがなかった。
ふーむ、ここに住んでいる人々はなんて他人思いなんだろう。
そう心に強く刻まれた。
それからというものコンビニ、ショッピングセンターなど駐車場があるところで車椅子のマークが白くペイントされてる駐車スペースを見ると、そこに停まっている乗用車があるならば車椅子のマークが貼り付けられた車か無意識ではあるが注意してみるようになった。
わたしの生活圏では悲しいかな駐車スペースがガラ空きにもかかわらず何自由ない人々が堂々と乗用車あるいはオートバイを停める姿をよく見かける。
乗用車が停まって、車の中から降りてくる人々を眺めると、男女の若いカップルであったり、子供連れの家族だったりする。
駐車する意思は乗用車を運転するドライバーにゆだねられている。
カップルならばドライバーが停めよううとしたら、助手席の人がひとこと忠告してもいいのではないか。また、子供がいるならマークの意味を教えるいいチャンスだと思う。
そうすれば、少しは住みよい町になるんじゃないかと思うのだが、どうだろう。
こんなことを書いても、ちゃんとマークの意味を知って、しかるべき行動をしているひとだけが、これを読んでいると思うけど、ね。