吉田みつひろです。


いつも皆様には大変お世話になっております。


本当にありがとうございます。


本日は、平素より大変お世話になっている


牛見真博先生よりご講話を戴いた内容を紹介したい。


それは、山口県教育ならぬ長州藩の人づくりに


関する考察である。


先の県議会8月定例会にて、私は山口県教育について


吉田松陰先生の憤悱の教育姿勢と親孝行がとても


重要であったという内容を述べさせていただいた。


牛見先生は、さらに踏み込んだ内容を述べられた。


当時日本の教育については、そのほとんどが


「朱子学」を専攻し、秩序を重んじ、学べばみな聖人に


なることができるという考え方に立っていた。


しかし、長州藩は、荻生徂徠の弟子であった、


防府出身の山形周南によって、反・朱子学であった


「徂徠学」の学問を取り入れた、と言われている。


後々、山形は藩校である「明倫館」の創設に尽力し、


初代学頭になった人物である。


牛見先生曰く、山形の教育論は、


「徂徠学の継承」「誰でも世に役立つ」


「学べば誰でも伸びる」


特に最後の項目については、庶民教育の原点であると


いわれており、奇兵隊など幕末の組織に繋がって


いったのではないかと推定される。


一見、武士道の原点である朱子学の精神から


離れているように見えるが、徂徠学によって


誰でも学ぶ環境で、一人ひとりの個性を伸ばし、


また社会的リーダーを育成することに重きを


おくことによって、長州藩独特の気風につながった


ということである。


さらに、具体的なところでは、個性を見出すのに、


欠点や短所ばかり見るのではなく、よい所を


伸ばしてやる、そして、士農工商の身分も生まれながらに


して序列されているのは、一種の社会的役割であり、


世の中で役に立たない人間などいないと主張され、


学問をするもしないも、どのように生きるかも


そして人生そのものも「天命」であると捉えている。


現代取れれていた「ゆとり教育」はこのようなスタンスで


あれば、成功したのではと想うところは、


この徂徠学が、自主性に任せて、強制的なものとしない。


自分の中からやる気を起こさせる学問であったという


点である。


今の世、勉強は強制的なものは、いつまで経っても


やる気が起こらないかもしれない。


近世から近代にかけて、長州藩がかけたものは、


結果天地をひっくり返す世の中のしくみ変えであった。


もし、この山口の地に、同様の気質や気風が


残っているとしたら、画一的な学問のほかに、


自らの個性に、より自発的な思いがつながるような


徂徠学を伝承した「山形周南」という人物を


今一度捉えなおす機会をえる必要があるかもしれない。


ありがとうございました。


吉田みつひろでした。