沖縄戦終結、牛島満中将自決の日 | 佐野みつひこ のオフィシャルブログ

佐野みつひこ のオフィシャルブログ

所沢市議会議員(1期目)
会派「自由民主党・無所属の会」
自由民主党公認
前回、最下位当選!
所沢市の未来に責任!今こそ身を切る改革の断行を!!

本日は沖縄戦終結の日でありまた、沖縄戦の日本軍側の司令官であった名将・牛島満中将の命日でもあります。
沖縄戦は、その悲惨さばかりにフォーカスが当てられることが多く、日本軍の戦果について語られる事はありません。しかし、あの絶望的状況にあって日本軍が敢行した菊水作戦や巧みな陸上戦などによって、アメリカの駆逐艦を16隻も破壊し、米兵の戦死者は2万人以上、高級幕僚ではバックナー中将を討ち取っています。戦後のアメリカ軍の研究でも「圧倒的な戦力差があったにもかかわらず、洞窟陣地を利用した粘り強い防御戦闘と反斜面陣地などの巧みな陣地形成で苦戦を強いられた」として、この日本軍の防御戦闘を「歩兵戦闘の極み」と高く評価しています。
それらを指揮したのが牛島満中将でした。沖縄の人達にも大変好かれていた大人物であり、素晴らしい軍人だったと直接遭った人はみな口を揃えて、言ったそうです。
牛島中将の姿勢を見て、やはり敗色濃厚の絶望的状況にあっても最期まで諦めない姿勢、一矢を報いる姿勢、自分たちの身命を国家存亡の最後の楯とする究極の利他精神などは、後世に残すべき教訓であり、それこそ学校現場における「平和教育」にも採用されるべき重要なテーマだと思うのですが、いかがでしょうか?

まあ、もっとも、開戦当初は牟田口廉也だとか木村兵太郎だとか、富永恭次といった20世紀最凶クラスの愚将ばかりが台頭し、危なくなってきてから実力者にバトンタッチしても時既に遅しで、硫黄島の栗林忠道中将もそうですが、こういう人物がこのようなどうしようもない場面に至るまで軍の指揮官たりえなかった点に、当時の軍官僚機構の問題点があったという意味では、牛島中将も随分ひどい貧乏くじを引かされたとは思うのですが、冷静に考えれば、どうしようも無い状況になってから「なんとかしろ」と責任と立場だけ押し付けられるというのは企業などでもよくある話ではあると思います。もっとも企業の場合は辞めれば良いので気楽なものですが。
ただ、牛島中将には是非とも死ぬより辛い道、つまり敢えて生きて虜囚の辱めを受け、戦後も我が国の国家安全保障のために尽力して欲しかったとの思いはあります。(ってか良い人ほど死にました。前述した牟田口や富永は戦後ものうのうと生き永らえましたが、牛島や栗林は自決や玉砕して戦死しています)
これから夏に近付くにつれ、戦争関連の話が増えてくるとは思いますが、あまりメディアに踊らされる事なく、冷静な考察・議論ができるように、発信できればと思います。

(…あと毎年恒例の8月15日の靖國参拝を、今年はできるのかどうかが心配されます。もしかしたら昇殿参拝はできないのではないかという噂が今から出てきているのですが、、どなたか詳しい方教えてください)