原子力発電が
「安全だ~問題ない~」って言ってるお方は、今すぐ自分の家の近くに
原発誘致運動を始めてください。
もしくは、これから稼働する原発の近くに居を移してください。
「原発が安全だ~問題ない~国が全責任を取る~」っておっしゃる
国会議員のみなさん。
今すぐ国会議事堂の隣に原発を建てる案を国会に提出してください。
それくらいしてくれなきゃあんたがたの言うことは「信じません」。
原発誘致運動を始めてください。
もしくは、これから稼働する原発の近くに居を移してください。
「原発が安全だ~問題ない~国が全責任を取る~」っておっしゃる
国会議員のみなさん。
今すぐ国会議事堂の隣に原発を建てる案を国会に提出してください。
それくらいしてくれなきゃあんたがたの言うことは「信じません」。
「侵略戦争」と「自衛のための戦争」
まず最初に、自分が先に書いた記事の「戦争放棄」「軍隊放棄」「永世中立」などのきれいごとでは国は守れない、という文章はかなり舌足らずというか、文章表現不足だなと思いました。
「戦争放棄」「軍隊放棄」「永世中立」という言葉「だけ」を掲げてみても、「攻めてきた相手」からは日本という国を守れない、という意味で書いたつもりでしたが…。
「戦争」という状態には大まかに分けると二つの立場があります。侵略するものとされるもの。まぁ当たり前ですが。
「国が国を攻める」だけではなく、領土問題などで、いくらでも武力行使は起こりえます。もちろん、領土を攻め取られるのも「侵略戦争」ですね。そして領土問題というのは「国を広げた」からなんだ、というものではなく、「国を広げた→領海が広がった→水産資源や海底資源が自国のものになる」という意味を色濃く持ちます。
端的な例を挙げれば「北方領土」もそうですが、韓国との領有問題で揺れる「竹島」もかなりの意味で危険性が高いと言えると思います。
竹島は現在、韓国の実質支配下にあり、その支配は不法占拠であり、竹島は日本固有の領土である、という意見は韓国側には受け入れられず、こじれにこじれつづけています。「領土問題」に関しては、北方領土問題に次ぐ、ホットな地域と言えるのではないでしょうか。
もし、本当に日本が非武装中立を貫き、自衛隊すら持っていない丸裸の国であったとしたら、中国、韓国、北朝鮮などはこぞって日本に自国の旗を打ち立てているかも知れません。
(名目上、日本はアメリカの軍隊に守ってもらっていますが、いざ鎌倉となった時にアメリカ軍が動いてくれるかどうかは正直期待が持てません。少なくとも「日本人を守ってはくれない」でしょう)
「自分の国を守るために軍隊がいる。自分の国を守るための戦争がある」のです。この戦いを「侵略戦争」と一緒にしてはいけないと思います。
ある経済学者は「日本が他の国に攻められたらアメリカに逃げればいい」とおっしゃっていました。おそらくこの方は、日本という国になんの愛着もないのでしょう。日本人であるためには日本の国が存在しないと意味がないというのに。
もちろん、前回の記事でも書いたように「戦争なんて起こらない方が良い」のです。それは大前提であり、当たり前のこと。外交で、話し合いでことが済むのが一番いいのですが、残念ながら人間はそこまで頭が良くありません。そしてまた、「外交」の背後には「軍事力」があるのも事実です。
「日本のバックには世界最強のアメリカ軍がいる」と思われているからこそ、中国も北朝鮮も大きなアクションは起こせないでいる、と考えてもいいと思います。このまますっと、その「勘違い」を持ち続けてくれることを願っていますがw
ですが、そこはそれ、「戦争放棄」「軍隊放棄」「永世中立」というのは「理想」であることに変わりはありません。「しっかりと現実を踏まえたうえでの理想」は最も力強く、また正しいのもだと思います。ですが理想というものは「空転し、単なる夢想に終わりかねない」ものであるのも事実だと思います。そういう「夢想家」こそ「平和ボケ」していると言えると思います。
「現実を踏まえた理想主義者」もしくは「理想を掲げた現実主義者」。
それが「理想」である、と自分には言えると思います。
少なくとも日本の政治家にどちらかを期待するのも、夢のまた夢なんですけどね…。
「戦争放棄」「軍隊放棄」「永世中立」という言葉「だけ」を掲げてみても、「攻めてきた相手」からは日本という国を守れない、という意味で書いたつもりでしたが…。
「戦争」という状態には大まかに分けると二つの立場があります。侵略するものとされるもの。まぁ当たり前ですが。
「国が国を攻める」だけではなく、領土問題などで、いくらでも武力行使は起こりえます。もちろん、領土を攻め取られるのも「侵略戦争」ですね。そして領土問題というのは「国を広げた」からなんだ、というものではなく、「国を広げた→領海が広がった→水産資源や海底資源が自国のものになる」という意味を色濃く持ちます。
端的な例を挙げれば「北方領土」もそうですが、韓国との領有問題で揺れる「竹島」もかなりの意味で危険性が高いと言えると思います。
竹島は現在、韓国の実質支配下にあり、その支配は不法占拠であり、竹島は日本固有の領土である、という意見は韓国側には受け入れられず、こじれにこじれつづけています。「領土問題」に関しては、北方領土問題に次ぐ、ホットな地域と言えるのではないでしょうか。
もし、本当に日本が非武装中立を貫き、自衛隊すら持っていない丸裸の国であったとしたら、中国、韓国、北朝鮮などはこぞって日本に自国の旗を打ち立てているかも知れません。
(名目上、日本はアメリカの軍隊に守ってもらっていますが、いざ鎌倉となった時にアメリカ軍が動いてくれるかどうかは正直期待が持てません。少なくとも「日本人を守ってはくれない」でしょう)
「自分の国を守るために軍隊がいる。自分の国を守るための戦争がある」のです。この戦いを「侵略戦争」と一緒にしてはいけないと思います。
ある経済学者は「日本が他の国に攻められたらアメリカに逃げればいい」とおっしゃっていました。おそらくこの方は、日本という国になんの愛着もないのでしょう。日本人であるためには日本の国が存在しないと意味がないというのに。
もちろん、前回の記事でも書いたように「戦争なんて起こらない方が良い」のです。それは大前提であり、当たり前のこと。外交で、話し合いでことが済むのが一番いいのですが、残念ながら人間はそこまで頭が良くありません。そしてまた、「外交」の背後には「軍事力」があるのも事実です。
「日本のバックには世界最強のアメリカ軍がいる」と思われているからこそ、中国も北朝鮮も大きなアクションは起こせないでいる、と考えてもいいと思います。このまますっと、その「勘違い」を持ち続けてくれることを願っていますがw
ですが、そこはそれ、「戦争放棄」「軍隊放棄」「永世中立」というのは「理想」であることに変わりはありません。「しっかりと現実を踏まえたうえでの理想」は最も力強く、また正しいのもだと思います。ですが理想というものは「空転し、単なる夢想に終わりかねない」ものであるのも事実だと思います。そういう「夢想家」こそ「平和ボケ」していると言えると思います。
「現実を踏まえた理想主義者」もしくは「理想を掲げた現実主義者」。
それが「理想」である、と自分には言えると思います。
少なくとも日本の政治家にどちらかを期待するのも、夢のまた夢なんですけどね…。
